「くっ、黒原さん……っ!」
「ドキッとした?」
耳元に唇を寄せ、元々甘い声をより一層甘くして囁いてくる。
この人、わざとやってるんだ! ここ……電車なのに……信じられない!
「ド……ドキッとなんてしません! それに、壁ドンじゃありませんからっ!」
「え、違うの? 壁に手をついたら壁ドンじゃないの?」
壁ドンの定義なんて知らない。なんとなく悔しくて、黒原さんのことを否定したくなっただけ。
結局、駅に到着するまで、黒原さんはわたしの肩口に手をついたまま、ずっと眉を寄せて混乱していた。
電車から降りると、わたしと黒原さんは並んでインテリアショップを目指した。
黒原さんは背が高いから足も長いし、歩幅は大きいはず。それでも、わたしと歩調は一緒で、ちょうどいいくらいだ。合わせてくれているのだと思うけど、まったくそれを感じさせない。
「お店はここから近いの?」
黒原さんは無邪気な様子でたずねてくる。店に行けることがよほど楽しみみたいだ。
まったく……さっきの壁ドンのときとは大違いだよ。
わたしはげんなりしつつも、細い道にオシャレで低い建物が立ち並び、入り組んでいる街並みの一角を指差した。
「もうすぐ看板が見えてきますよ」
黒塗りの板に白字でお店の名前が書かれた看板が現れる。
それを見た黒原さんは声を弾ませた。
「あー、ここ一回来てみたかったんだ」
「ご存じなんですか? まだ日本にしかないはずですけど……」
小さなメーカーに勤める若いデザイナーのブランドで、インテリアショップを営むオーナーが気に入り、そのブランド専門のショップにしたところ。
アーニーデコールも小さな企画でお世話になっているだけなのに、イタリアにいた黒原さんが知っているなんて思わなかった。
「もちろん。情報を仕入れてるって言ったでしょ。ここのインテリアはどれも落ち着いてて、温かみがあるよね。オーナーが気に入るのもわかるよ。絶対これからもっと世間に広まっていくと思う」
黒原さんは自信たっぷりに言ってのけた。
なんだ……日本の情報って、ちゃんとインテリアの情報もあったんだ。冤罪対策とか流行りのモテテクだけかと思った。
さすが敏腕バイヤーだと呼ばれていただけある。
「入ってもいいかな?」
「はい。行きましょう」
嬉しそうにたずねてくる黒原さんに、わたしまで注文していたインテリアに出会うことが楽しくなってきた。


