「あっ、黒原さん……荷物っ……!」
財布などが入っているバッグとは違い、黒原さんが持ってくれた黒の大きなバッグは分厚いカタログやタブレット端末、何十枚もの書類などが入っていてかなり重たい。
「持つよ」
「い、いいですよ。いつも自分で持ってますし」
外へ出るときは毎回両手に荷物を持って移動している。こんなこと、電車移動と同じくらい慣れていた。
「今日はいつもと違って俺がいるから」
黒原さんがフッと笑う。有無を言わさない笑み……やわらかな強引さを感じる。
「あ……ありがとうございます」
せっかく持ってくれたんだし、このまま甘えてしまおう。
わたしはお礼を言うと、一緒に駅まで歩いた。
最寄りの駅は、朝と夕方の通勤ラッシュはあるものの、昼間はだいたい落ち着いている。
だけど、今日は駅近くの会館でイベントが行われていたらしく、たくさんの人が押し寄せていた。
ホームに走り込んできた電車に乗り込むと、手に持っていたバッグがぶつかり合う。
「混んでるね……大丈夫?」
人混みの中、黒原さんは壁際をキープすると、さりげなくわたしをそちらへ促してくれた。
「はい、大丈夫です」
黒原さん……わたしを人混みから守るように立ってくれてる。
女性の扱いに慣れているんだろうな……なんて、皮肉に思いながらも、ありがたく感じる。
「あっ、そうだ。こういうとき、両手あげてないとチカンに間違われるんだっけ?」
「いえ、そんなことは……」
否定するのを聞かず、黒原さんは荷物を足元に置くと、わたしの両肩の上あたりに手をついた。
長い睫毛の一本一本がハッキリと確認できる距離、そして近くにある力強い腕に胸がドキリと音を立てる。
ドキリって……いやいや、相手は黒原さん! 会社の先輩なんだから。しかも、相手には彼女らしき人がいるし!
恋愛する気はないと思っていたのに、ふいに高鳴った鼓動に自分自身が焦ってしまう。
鼓動を落ち着かせようとしても、チラリと黒原さんの綺麗な顔を見ると、また心拍数があがってしまった。
だ、ダメだ……なにか、気を紛らわせなくちゃ。
わたしは呼吸を整えると、必死に話題を探した。
「に、日本で桜を見るの、久々だと言ってましたけど、こちらには帰っていなかったんですか?」
「うーん……夏とお正月くらいかな。その時に日本の情報も仕入れてたんだ」
「情報……ですか?」
会社じゃなくて日本の情報? 今の冤罪対策とかかな?
わたしが疑問に思っていると、黒原さんはニッと白い歯を見せ、艶っぽく微笑んだ。
「そう。例えば……今、俺がやってるのって壁ドンでしょ」
なにもかも見透かしたような、あざとい表情で見つめてくる。


