「あの、黒原さん。お帰りになったばかりで申し訳ないんですが、これ……来週の打ち合わせの資料です。わたしも一緒に参加しますので、よろしくお願いします」
「ありがとう。どれどれ……アーニー不動産からの依頼か。グループ会社との打ち合わせだったら、同じビルでできるから便利だね」
黒原さんはレジュメを受け取ると、長い指でパラパラと資料をめくりだした。
黒原さんの言う通り、アーニー不動産は同じビルの二階から五階に入っているからビル内の移動ですむし、プレゼンなどを行うときに使用する機材の使い勝手もわかるので、打ち合わせしやすい。
アーニーデコールは一般のお客様の仕事も請け負うが、こうしたグループ会社からの仕事も多い。
「わっ、しかも富裕層向けのマンションじゃん。こういうのって立地条件もこだわってるんだよね。だから、窓から見える景色もいいし、内装も良質だし……やりがいあるなぁ」
黒原さんが弾むような声をあげた。ページをめくる度に彼の瞳がキラキラと輝いていく。
藤本さんの言っていた通り、黒原さん、すごく仕事が好きなんだ……。
今の表情だけでわかる。どことなく漂う色っぽさが鳴りを潜め、無邪気さだけになっている。
一通り確認をした黒原さんは、レジュメを閉じると、まじまじと表紙を見た。
「ん? 営業企画部企画課の柿崎くんって……さっきのしつこい元カレくんだよね」
「おっ、大きな声で言わないでください! 秘密にしてるんですからっ」
小声でたしなめ、慌てて周りを見渡す。藤本さんは打ち合わせで出ているし、桃原さんは特に気付いていない様子。ほかの人も聞いていた人はいないみたいで、ホッと胸をなでおろした。
「そっか。ごめん」
「いえ……それより、どうして風馬……柿崎くんの名前を知ってるんですか?」
「ネームホルダー」
黒原さんが自分の首からかけているネームホルダーの青い紐をチョイとつまんでみせた。そこには名札と、各オフィスへ入るためのIDカードが入っている。
まさか、エレベーター近くで助けてもらったとき? 会話しながらそんなところも見ていたんだ。
飄々としているようで鋭い。さすが、仕事ができるとウワサされるだけある。
「あと、さっき営業企画部に行ったときに見かけたんだ。彼は俺のほうを全然見てくれなかったけどね。私情を挟むなんて子どもだなぁ」
黒原さんは肩をすくめた。


