「うん。部署も変わったし、イタリアから持って来るもの、そんなになかったから」
「そうですか……」
だいたいの人が段ボール三、四箱は持って来るんだけど……。
荷物が多く、さらに面倒くさがりな人はキャビネットごとやって来て、空のキャビネットと差し替えたりもする。
黒原さんは仕入物流部の仕入課所属として、イタリア支社でバイヤーをやっていた。
仕入関係の資料や書類は引継ぎもあるのでイタリア支社に残してきているだろうし、こんなものなのかもしれない。
そう思っていると、黒原さんはバッグを置いてオフィスの出入口へと向かった。
「あれっ、く……黒原さん、どこへ行くんですか?」
「ちょっと、ほかの部署へ挨拶に行ってこようかなって。イタリアでいるとき、いろんな人にお世話になったから。水門ちゃん、案内ありがとうね」
「い、いえ……」
黒原さんはヒラリと手を振るとオフィスから出て行った。
なんか……慌ただしい人……というより、身軽な人だなぁ。
段ボールひとつの荷物を見て、というわけではなく、彼自身を見て感じた印象。
まだ会ったばかりだからよくわからないけど、なににも縛られていない気がする。
「異動してきたばかりって思えないくらい、自由ね」
藤本さんも呆れていた。しかし、困ったように笑ったその表情は温かい。
彼女の言う通り、奔放に動き回るところがネコみたいだと、早くも実感する。
そんな黒原さんがうらやましいような、不安なような……複雑な気持ちで残された荷物を見つめていると、書類を手にした白矢木課長が打ち合わせから戻ってきた。
「あれ、黒原くんはどこへ行きましたか?」
「今、ほかの部署に挨拶回りへ行っています」
「そうですか。イタリアでいるときは電話で挨拶しかできなかったから、会えて嬉しいでしょう」
白矢木課長はやさしい眼差しになった。まるではしゃぐ弟を見守る兄みたいな表情。ふたりの関係性がなんとなくわかる。
「人気者の黒原くんは、きっと挨拶回りに時間もかかるでしょうし……先に水門さんにこれをお渡ししておきますね」
白矢木課長が、手に持っていた書類をわたしに差し出してきた。


