「もう、イーリスったら───」

 そんな二人を見かねて母親が声を掛ける。

 「イーリス、ちゃんと働きなさいよ~。早くしないと__。」

 「やばいやばい、母さんに角が生えちゃう。」
 
 母親をからかいつつも料理を受け取り先程の客に持って行った。

 「……。」
 
 どうぞ、と愛想よく皿を置いても何も言わない。

 まあイーリスも長いことこの宿屋を手伝っているのでこんなことには慣れっこである。

 ただその男は室内でずっと外套の頭巾を目深に被ったままでいたり、店内を隅々まで眺めたり、何かを探すように暖簾の奥を凝視したり、この客の挙動は少し気味が悪かった。

 イーリスは自分まで見られているような気がして、逃げるようにして厨房に戻る。

 そしてちょっとした不快感を打ち消すようにまだ厨房に居座っているテリに声を掛けた。

 「……で、何かあったの?」
 「何かないと来ちゃ、だめ?」
 「……馬鹿っ。」

 しんみりした顔で見つめ合い、次の瞬間大声で笑い出すイーリスとテリ。

 テリは大きな青果店の娘で、イーリスの宿屋で出される食事の野菜や果物は全てテリの家のものだった。

 「まあ何も無いわけじゃあないんだけどね。はい、これ。」

 よく熟れたマンダリーニ(蜜柑のような果実)を受け取る。

 「うわあ、ありがとう!ここじゃお客に失礼だから私の部屋で一緒に食べよう。そろそろアイアスがここの当番になるし。」

 そう言って厨房を出たイーリスに続いてテリは踵を返したが、遅い朝食だか早めの昼食だかを済ませ、皿を返しに来た先程の奇妙な客の肩にぶつかってしまった。