右手の薬指に赤い小さな石を嵌め込んだ指輪が光っている。

 よく目をこらすと、細かく花の彫刻が施されていた。
 
 (母さんこんな指輪付けてたっけ……。)
 
 昨日、まだかすかにぬくもりが残っていた母の体を清めるのを手伝った時にはなかったはずだった。

 (まあいいや……。いつか話してくれるだろうし。) 

 イーリスはぼんやりとそんなことを思いながら、引き続き紡がれる神官の弔いの言葉と、風の唸りを聞いていた。

 何かが、イーリスの中からすっぽりと抜け落ちたようだった。


 
 葬儀は滞りなく終わり、気をまぎらわすように、イーリスは閑散とした食堂でテリとお茶と菓子を囲んでくだらない話に花を咲かせていた。

 テリが話題が途切れないように気を効かせて話してくれるのがありがたい。

 「そうなの!もう本当にびっくりした顔してた!」

 「彼は何て言ったの?」

 「ティグリス王子でももよおすんだから仕方ないよって、私がイーリスに言ったのと同じこと言うんだよ~?」
 
 大袈裟な笑い声が降り始めた雨音を打ち消して響く。
 
 「そういや時間は大丈夫なの?」

 「あ、そろそろ行かなきゃ。……ごめんね、また明日くるね。」

 「うん。じゃあね。」

 テリが帰ってしまうと、誰もいない静かさと外の雨の音が染み入るようだった。

 それらをはね除けようとため息をつくと、入り口の扉がギィーと開いた。