だがその声も、フレジアには水の中で聞こえる音のようにしか届かなかった。

 騒ぎを聞きつけ集まってきた人々のざわめきも潮騒のように聞こえる。

 フレジアはほっと一息つこうとした……だが首を斬られているせいか吐き出されたのは吐息でなく血であった。

 震える手で手のひらを握る娘の手を、なんとか握り返そうとしたが上手く力が入らない。
 
 「イーリス……。」

 なんとか声を絞り出すと、イーリスはすがり付くように応えた。

 「何…!?もうしゃべらないで、大丈夫、誰かがお医者様を呼んでくれたから、すぐ助かるから__。」

 必死の言葉も、もうくぐもった音の羅列にしか聞こえなかったが、フレジアは口をなんとか動かした。
 
 「結婚、したら、もう…パルテノには…戻っちゃ…だめ…。」

 こんなことになるなら、真実を話しておけば良かった。

 でも今さら後悔しても遅い。

 だが忠告は出来た。

 何故だか石畳の冷ややかな感触が心地よい。

 最愛の娘の温かい腕の中で、フレジアはそっと目を閉じた。