しかし一枚上手なのは男の方だった。
 
 さして慌てる様子もなく外套の下から長剣を抜く男。

 すくそばに落ちていた細い材木で応戦しようとするが、あっけなく弾き飛ばされてしまう。

 アイアスを守ろうとする気持ちのせいか前に襲われた時よりも体は恐怖に縛られなくなっていたが、やはり剣を持った男に対して宿屋少女が出来ることはなかった。

 材木が石畳に打ち付けられる乾いた音が、やけにはっきり聞こえた。

 覚悟を決め、アイアスを庇うようにして抱き締める。

 長剣を振りかざされ、アイアスが悲鳴を上げる。

 イーリスも目を固く閉じた。

 だが__。

 「なっ……!」

 この場で初めて男が驚きの声を漏らし、走り去る足音が聞こえた。
 
 恐る恐る二人は顔を上げ、呆然絶句した。 

 男の刃に貫かれたのはアイアスでもイーリスでもなかった。

 「母さん!嫌だ!そんな……!いやああああああ!」

 母フレジアは、うめき声一つ上げることなく崩れ落ちた。


     *    *    *

 
 鈍く光る刃が迫り、首から左脇にかけて鋭い熱い痛みが走る。

 気づけばそこから生暖かいものが流れ出すのを感じながら、フレジアは冷たい石畳に横たわっていた。

 霞んだ視界の中で、必死に呼び掛けてくる杏子色の瞳が悲しく光る。

 (ああ……あの方も、最期にこんな私を見ていらっしゃったのか……。)

 涙をぼろぼろと流しながら声を枯らさんばかりに張り上げる娘。