翌日、イーリスはいつも通り客室の掃除を終え、食堂の床を掃いていた。

 アイアスの母のことは気掛かりだったが、下町の少女イーリスにはどうすることも出来ない。

 せいぜい毎日温かい食事を運んであげるくらいで精一杯だった。

 食堂から見える往来を行き交う人々を見ながら、イーリスは重苦しい気持ちを押し殺していた。

 その時、客室の方から子供の泣き声が聞こえた。

 イーリスは箒をもったまま様子を見に行く。

 「ごめんよ坊や。大丈夫だよ、きっとお前さんの母さんは良くなるさね。」

 昨日からここに宿泊している旅の占い師の老婆が泣きじゃくるアイアスをなだめていた。

 アイアスは空になった食器の盆を持ったままぼろぼろと涙を流している。

 「アイアス__。」
 「ねえ、あの先生嘘ついてたでしょ!?咳は止まったけど、母さん全然楽にならないよ!」

 イーリスが声を掛けようとすると、アイアスは堰が切れたように泣きながら声を張り上げる。

 何と言っていいか分からず、つい目を泳がせてしまった。

 そんなイーリスの態度を見て疑念が確信に変わったのか、アイアスは盆をイーリスに押し付け、吐き捨てるように言う。

 「いいよ、気を使わなくても!母さんは絶対に俺が治すんだから!」