獅子王とあやめ姫

 「おかみさん!どうしよう!」

 噂をすれば影、アイアスだった。

 急いで走ってきたのだろう、息切れして頬を赤く紅潮させていた。

 「かあさんが……すごい咳して血を吐いて、それで__。」

 声を震わせるアイアス。

 イーリスは母の顔を仰ぎ見た。

 「お医者様を呼ばなきゃ。アイアス、どこに行けばいいか分かる?」 

 ふるふると首を横に振る。

 「私が付き添う!こんな小さい子一人じゃ心配だよ。母さんがここを離れるわけにはいかないし。ね、いいでしょ母さん!大通りを通るから、ね!?」

 先程の約束はなんだったのか。 

 久しぶりに見せるイーリスの気迫に押され、フレジアはうなずくしかなかった。
  

    *     *     *


 容態が一旦は落ち着き、眠りに落ちたアイアスの母を見つめながらイーリスは隣にいる医者に尋ねた。

 「あの、どうですか?」
 「とりあえず薬を飲ませた。これを1日3回飲ませなさい。」

 医者はよっこいしょ、と腰を上げ、固い表情で母を見つめるアイアスの頭をくしゃっと撫でた。 

 「よく頑張ったな坊主。」

 「俺、金持ってないよ。」

 「そんなのうちでなんとかするよ!母さんに掛け合ってみるから、安心して。」  
 イーリスが言い終わるかないかのうちに、アイアスは堰が切れたように涙を流し始めた。

 泣きじゃくるアイアスをしゃがんで宥めるイーリスを眺めていた医者だが、イーリスの肩をとんとんと叩く。

 こっちに来なさい、という合図を受け取りイーリスはアイアスに湯の入った欠けた湯飲みを渡し、一旦家の外へ出た。