「あの方もあんたのそういうところに惹かれたんだろうねえ。」
「……。」
何も言えず黙っていると、男も何も言わずに勝手口から裏路地の闇に溶け込むようにして去っていった。
二度目の男の訪問から、もうガッチリ
と鍵を掛けたはずの過去の記憶がじわじわと蘇ってくる。
あの涼やかな瞳に初めて出会った夏の夕方。
雨上がりで、むせ返るほどの花の匂いが満ちていた。
思いが通じた秋のあの夜。
遠くの山の牡鹿の切ない鳴き声が響いていたのをよく覚えている。
あの人が誰も一度も見たことがないほどの笑顔を見せてくれた昼下がり。
朱に染まりはじめた木の葉を秋の陽が透かしていて美しかった。
そして__。
「母さん、アイアス今日休みなの?」
食堂兼酒場の掃除を終えたイーリスが厨房に入って来た。
結局、また昔のことを思い出してしまっていたのだ。
「いいえ、何も聞いてないけど。…イーリス。」
「なあに?改まって。」
「もう結婚しちゃうのね。」
「そうみたいね。…ふふ、寂しい?」
「とっても。…だからお願い、クレータに行くまで、絶対に一人で出歩かないで、お願いよ。」
「分かってるよ、前にみたいにプローティスが助けてくれる訳じゃないしね。」
許嫁の名を言うイーリスの口角は心なしか上がっていた。
なんだかんだで幸せそうである。
ほっと胸を撫で下ろそうとしたそのとき、勝手口の木の扉が勢いよく開いた。
「……。」
何も言えず黙っていると、男も何も言わずに勝手口から裏路地の闇に溶け込むようにして去っていった。
二度目の男の訪問から、もうガッチリ
と鍵を掛けたはずの過去の記憶がじわじわと蘇ってくる。
あの涼やかな瞳に初めて出会った夏の夕方。
雨上がりで、むせ返るほどの花の匂いが満ちていた。
思いが通じた秋のあの夜。
遠くの山の牡鹿の切ない鳴き声が響いていたのをよく覚えている。
あの人が誰も一度も見たことがないほどの笑顔を見せてくれた昼下がり。
朱に染まりはじめた木の葉を秋の陽が透かしていて美しかった。
そして__。
「母さん、アイアス今日休みなの?」
食堂兼酒場の掃除を終えたイーリスが厨房に入って来た。
結局、また昔のことを思い出してしまっていたのだ。
「いいえ、何も聞いてないけど。…イーリス。」
「なあに?改まって。」
「もう結婚しちゃうのね。」
「そうみたいね。…ふふ、寂しい?」
「とっても。…だからお願い、クレータに行くまで、絶対に一人で出歩かないで、お願いよ。」
「分かってるよ、前にみたいにプローティスが助けてくれる訳じゃないしね。」
許嫁の名を言うイーリスの口角は心なしか上がっていた。
なんだかんだで幸せそうである。
ほっと胸を撫で下ろそうとしたそのとき、勝手口の木の扉が勢いよく開いた。


