あのおかしな話し方の男が来てから数日が経った。

 彼以来厄介な客はまだ来ておらず、イーリスは比較的穏やかな日々を過ごしていた。

 だが今日の天気は荒れ模様で、風がびゅうびゅう唸っている。

 こんな日は暖炉のある暖かい店で一杯ひっかけたくなるのか、イーリスの宿屋の一階にある食堂__酒場は外の風の音が聞こえないほど沢山の客で賑わっていた。

 「トラグナ、お待ちどうさま。ちゃんと濡れ布巾も付けといたからね。」

 いつも夜になったら賭け事をしにくる馴染の客の机に、新鮮な魚の切り身をさっくさくに揚げたトラグナを置いた。

 つまみやすいようにサイコロのような形になっている。

 「ありがとなぁイーリス、気が利くや。油でサイコロ振る手が滑っちゃいけねぇからな。」

 「そうだよおじさん、賭けに買っておじさんの懐が温かくなったら祝い酒入れてね〜。あっ、そちらのお客さんも良かったらそうして下さいね。」

 普通の客にはとても言えないセリフだったが、このクレータ人の商人はイーリスが3つの時からのお客さんで、親戚のおじさんのような人だった。

 なので多少の冗談も許せる仲なのである。

 「お、上手いことやるなあ、さすがフレジアの娘だ。まあ俺が勝ったらサンバーニャを入れてやるぜ、商いが上手く行ったからな。」

 サンバーニャはクレータの町民の祝い酒だ。

 イーリスはまだ口にしたことはなかったが、飲むとパチパチと口の中で弾けるらしい。
 
 それもこのクレータの馴染みのおじさんが教えてくれたことなのである。