先生はそれっきり、私を遠ざけた。

 また新しい子を連れてきては、美容室に連れていき、服をデザインした。

 松原さんにも、伊藤さんにも服をデザインした。

 そのデザインが大量生産され、店に並んだ。次々とできていく新しいデザイン。

 でもその中には、私にデザインされたものは一枚もなかった。

 先生は私が一人占めできる人じゃない。それは分かっていたので、誰にどんなデザインをしようと気にならなかった。

 でも、この思いは止まらなかった。先生を好きだというこの思いだけは。

 誰かを好きになる。それだけで満たされた。

 思いが届かなくても、思いを返してもらえなくても、私が先生を好きという思いが私に力を与え、自分なりのデザインがたくさんできた。

 ただ一つ、わがままが言えるなら、オネエじゃない、男に戻った先生にもう一度会いたい。それだけだった。




 この店で働き始めて2年目、先生から珍しく電話があった。

 仕事の連絡は大体がメールかラインなので、電話で先生の声を聴くのは本当に珍しい事だった。

『もしもし?』

 先生のやさしい声が耳元で聞こえる。それだけで、胸がきゅんとなった。

「せ、先生、珍しいですね、お電話なんて。」

『じつはね、この前あなたが書いていたデザイン、応募したら1次審査が通ったのよ。その報告。メールじゃ、味気ないでしょ?』

 すごくうれしかった。先生も自分のことのように喜んでくれた。そして、2次審査のことを教えてくれた。

 2次審査のテーマは『好きな人に着せたい服』のデザイン。3次の最終審査でそれを作るという課題だった。

 もちろん私は『先生に着せたい服』のデザインをした。


 でも、何枚書いても却下、却下。もうどうしたらいいかわからなくなっていた。

『なぜこのデザインの服を着せたいのかが、全然伝わってこないのよね。私があなたの好きな男だったら、絶対着たくないわね。こんな服』



「そんなこと言われるんです!こっちは先生に着せたくて作ってるのに。……まあ、先生はそんなことは知らないと思いますがね」

 私は美容室に来ていた。なにかあると、この美容師のお姉さんならわかってくれると思い、ついつい来てしまうようになっていた。

「思い……かな。私達だって、お客さんの髪形考えるとき、このお客さんはどんな髪型にしたいと思っているのか、どんな髪型が似合うのか、どうしたら喜んでくれるのかってことをまず考えて髪形決定するから」

 そうか、そういえば、先生がどんな服を着たいのかなんて考えてもいなかった。私が着せたいと思う服ばかり考えていた。

 私は先生のことをもっとよく知ろうと、先生を観察した。

 先生が思っていること、感じていること、今何を欲しがっているのか。ふとした時に見せる表情。本当にずっと見ていると、だんだんわかってくる。先生の本音が。

 自分の気持ちを封印するかのようにオネエを前面に出してはいるけど、本当はどうしたいんだろう。

 うぬぼれかもしれないけど、私が現れたことで、先生の中でバランスが少しずつ、くるってきている。きっとそれほど私は、事故で無くした恋人に似ているんだろう。

 だから先生は私を少し遠ざけたんだ。