灰音は戸惑う私の手を引き、ズンズンと建物の奥へ進む。
長い廊下でたむろってるヤンキー君達は皆一通り“副総長の連れている女”に驚いた。
そして……
「この子?俺のミューズ。」
「「「ああ。」」」
何か理解していた!
なんなの北校生、皆ミューズを理解してるの?!
それとも常識なの?はたまた流行語とか?
「灰音、ミューズって……」
「大丈夫。今から俺が初伊を本物のミューズにしてあげるから!」
「何一つ大丈夫じゃないよ!!」
聞くが、意志の疎通が全く取れていない!
そして鼻息荒く、いつもより興奮した様子の灰音が怖くなってきた。
もしかして私……なんらかの儀式の生贄にされるんじゃ……?
悪魔降臨系の……。
有り得るよね!何かしらの供物にする=本物のミューズ的な方程式、割と成り立つよね!
恐怖に包まれ、冷や汗をかいていた私だけど、その恐怖は連れてこられた部屋を見た途端あっという間に消え去った。
階段を上って二階。
金色のドアノブの、少しだけ他の部屋より豪華な扉の先には……
───所謂、アトリエと呼ばれるであろう空間が広がっていた。
部屋の奥には、信じられないくらい多種類の色鮮やかな布が飾られている。
マネキンに着せているのは見たこともないような斬新なドレス。
部屋の隅の一台のミシンとアイロンが辛うじて現実感を出しているものの、それがなければまるで絵画のワンシーンと見まごうような魅力的な空間だった。
「あ。トリアノンのサテン届いてる。」
「トリアノン?」
「そ。このオレンジ味の強いピンクのこと。」
灰音は入口付近に置いてあるダンボールを見つけると、そこから1ロールの布を取り出した。
トリアノンというらしいソレをみて、灰音はうっとりとして言う。
「ああ……っ、最っ高……!この光沢の美しい事!!やっぱり布はシエル直送に限るね!トリアノンの鮮やかさがよく映える……!」
これは誰だと言うほどの興奮ぶりだった。


