未だ夏は終わらない。



ただ、夜は秋の風が吹き、少しずつ盛夏は晩夏へ進んでいる。



高柳又四郎の怪我は、奇跡的な回復を見せた。
体の各部の損傷も、余りにもデタラメな回復力で、医師達を驚嘆させた。
中には、細胞を研究したいと申し込んでくる研究機関もあった程である。


まあ、江戸時代末期の剣豪が、現代に現れたと言うだけでも理不尽極まりない話であって、何らかの意図を感じずには居られないが、そこはお茶を濁すとしよう。

そう言う説明にならない意図を持った又四郎は、一度の深手ぐらいきっとどうとでもなるのだろう。



我々が認識していないだけで、世の中には不思議な事が数多存在しているように、タイムトラベルなんて事は、大して問題ではないのだ。



少なくとも、そう思いたい。



つじつまが合わない事を許容できる、器のデカイ人で在りたい。



と、



小野忠明は毎日、知らず知らずのうちに、それこそ復活の呪文のように、思っていた。



家族として、小野家に来た以上、兄として、親代わりとして、又四郎と遙の面倒を見る。



全員が血の繋がりがない家族と言うのは、これまた奇妙だが、数奇な運命が3人に家族になるように仕向けているなら、それさえ受け入れる。



それが小野忠明と言う男の偉大さだ。



又四郎襲撃事件の時、自分の事のように苦しみ、怒り、涙した。



又四郎が許すと言った時も、忠明自身は許せなかった。



それほどこの理不尽な状況から表れた又四郎の事を、愛情に満ちて接する事が出来る自分に、正直驚いていた。




又四郎の退院の日、忠明は知り合いの店を貸し切り、盛大に退院祝いを行った。



又四郎の為に集まってくれた皆を見ながら、忠明は心から喜んだ。


そして、自分達は家族なんだなと改めて感じたパーティーになった。




「又四郎よ。2学期から又学校に行くけど、心配な事はないか?」


忠明が又四郎に聞く。



「ああ。体もこの通り。また地獄の攻め苦を受けても大丈夫だ。」



「お前なぁ〜。その地獄に落ちた設定。揺るがないよな。」


忠明は呆れる。



「ふむ。だいぶこの地獄にも慣れた事だし、うまくやって行けるかもしれんな。」


又四郎は得意気に言う。


「まあ、いいや。大丈夫なら何よりだよ。また明日から頑張れや、又四郎。」



「うむ。」


オレンジジュースを旨そうに飲みながら、又四郎は返事をした。



「時に忠明殿。」



「何だよ又四郎さん。」


「この度は、わしの不徳の致すところ、誠に心配をお掛けした。本当に申し訳無かった。」



又四郎は忠明に、深々と頭を下げた。



「な、何だよ改まって・・・。」


少し驚く忠明。



「こっちに来て、何も解らぬわしを、心底面倒を見てくれている事に、心から感謝している。」



えっ?もしかして全てを解っていたのか?


忠明は心で呟く。



「まして、体も言うことを利かない状況でも、文句も言わず支えてくれて本当に・・・。」



頭を下げたまま又四郎は言った。



「本当に、ありがとう。」




瞬間、堰を切ったように忠明の目から涙が溢れ出す。



その涙の意味は、又四郎が生きていて良かったと言う思いと、又四郎の気持ちを聞けたことに対する感動の両方だった。



何も言わずに忠明は又四郎を抱き締める。



「バカ野郎!家族なんだ!気なんか使うな!心配して当然なんだよ!」



忠明は又四郎を抱き締めておいおい泣く。



見ていた周りの人達も、涙ぐんでいた。




不意に又四郎が忠明の手からすーっと、逃れた。


???



「いやぁ〜、男に抱き締められるって、やっぱり無いわぁ〜・・・。」



又四郎が忠明に言う。



忠明は烈火の如く、又四郎を追い回した。



遙やカナや皆は、微笑ましく二人を見て笑っていた。