思えば昨夜から何も口にしていない。

今朝立ち会った薩摩示現流の達人、中村弥一郎(なかむらやいちろう)と、戦って、万が一倒された時、飯粒が腹から出てきたらみっともない。

そう言う理由で、真剣勝負の前には食い物を口にしない。



「遙殿、酒はござらんか?」又四郎は何気なく言った。

すぐに怒号が飛ぶ。

「バカ野郎!未成年に酒なんか飲ませられるか!」


「このわからず屋め!ワシはキサマと同じ三十七歳だ!!」

「だから、どう考えても高校生にしか見えないんだよ!!」

「地獄の役人と言うのは、見た目で人を判断するのか!どうせ、これから攻め苦を受けるのだ、せめてそれまで、酒位は飲んでも良いではないか!」

夢中に酒を要求する又四郎。

実は大の酒好きである。

ストイックに自身を追い込み、どんな手練れであろうと剣を見せる前には勝負を付ける。
又四郎の「音無の構え」は、時の剣客達に恐れられた。

一旦、命懸けの勝負の世界を離れれば、浴びるように酒を飲んで、また一人剣術に打ち込む。

又四郎にとって、酒を飲むと言う事は、文字通り命の洗濯なのだ。


「攻め苦を受けるも何も、お前が早く本名を思い出して、家族の元に帰れるように明日から手助けしてやるんだ!そんな時に未成年に酒なんか飲ませたら、えらい騒ぎになっちまうだろう!」

「それじゃなくてもさっきのあの大暴れが、既にネット配信されて、警察は揉み消す・・・。もとい、映画撮影協力でしたと、対応に追われてるつーのに!」


「地獄の事情など知らぬ!大体、小野忠明殿がさっきから何を言っているのか、ワシには理解できぬ。白州でも申した通り、名は高柳又四郎だ!
姿は子供でも立派な三十七歳!雷に打たれ、死んでここに居るのだ!!」


「・・・。だめだ、こりゃ・・・。」

忠明は頭を抱え込んでしまった。


「まあ、明日、検査して、どうしたらマトモになるか、医者とよく相談しような、又四郎さんよ。」



「さあさあ、二人とも、ケンカは終わった?ご飯にしょ。」

「あ、又四郎君。お酒はないけどコーラは在るわ。お酌してあげる。」


遙はコップにコーラを注ぐ。

「遙殿!なんですこの醤油は!気泡がシュワシュワと溢れておるでは在りませんか!」

「こ、これも地獄の責めなんでしょうか・・・。」

狼狽する又四郎をしり目に、自分のコップにもコーラを注いで飲み干す遙。


それを見た又四郎も、その得たいの知れない醤油のような物を、目を閉じて一気に飲み干す。

「くっ!南無三!!」


その瞬間、今まで味わった事の無い不思議な刺激が、口のなかを駆け回る。
バチバチと、甘い汁が喉を焼き尽くすように、食道から臓腑へ流れ込んでいく。

ピキン!と、胃が痙攣する感じになる。

空きっ腹にコーラは、抜群に効いた。



「は、遙殿・・・。」次に言おうとした時、


「げぽ〜んっ!」


ゲップが出た。


今までで、最高に大きいゲップが出た。

慌てて口を覆う又四郎。

「くっ、不覚!!」


赤面し、うつ向く・・・。



「・・・。」

忠明と遙は沈黙した。


そして、

大爆笑が起こる。