又四郎は水道で水を飲む。
ガブガブ飲む。


頭を洗う。顔を洗う。

じゃぶじゃぶと洗う。



「くは〜っ。まったく、鬱陶しい!!学校とはこんなにもくだらぬのか!!」


又四郎は叫ぶ。


近くを通った生徒は、びっくりした。


「地獄の責めとはこんなにも陰湿で、陰険なのか!」


又四郎はさらに叫んだ。




「そうだよ、又四郎!私達が居るこの場所は、最高に鬱陶しいところなの!!」



振り返る又四郎。



息を切らせた遙が立っていた。



夕日を背に立っていた遙は、又四郎には菩薩様に見えた。

それはまさに地獄に仏。で、あった。




「き、綺麗だ・・・。」

思わず又四郎は声に出してしまう。



しかし、遙には聞こえていない。




「私も、ずぅ〜っと学校が鬱陶しいと思っていたわ!だけど、又四郎に出会って、ようやく楽しいって思えるように成ったんだよ!」



大声で遙は続ける。



「だから又四郎!つまんないかもだけど、鬱陶しいかもだけど、一緒に剣道やらない?きっと、楽しいよ!!」



「・・・。」



なぜ、こうなった?


又四郎は首をひねる。



自分は普通にしているはずが、何故かあの世は許してくれない。



一々干渉され、気に入らないものを嫌いだとも言えず、好きなものを好きと言えば、煙たがれる。


地獄における子供の社会は、特に面倒だ。



実力がないものを先生と崇め、中途半端に実力があるものは表に現れず影で指図する。


集団と暗黙の掟が、生き方そのものを縛り付けている。



くそ、死んで尚も苦しめられる。

善行を重ねればこうはならなかったのか・・・。果ては、地獄の物差しに自分を当てはめれば良いのか・・・。





いや、違う・・・。




どんな場所に於いても、自分の信念を貫く。
後悔や、懺悔はしない。それをも乗り越える。




それが侍であり、武芸者であり、剣客だろう。




わしは何を迷う。




せっかく若返って地獄に落ちたのだ。これこそ、真の修行が出来る場所ではないか。



与えられた場所で、与えられた以上の修練をし、自分の信念を貫く。ただそれだけの事だ。




「遙殿。お主がわしに会って、変わったと言うなら、わしもお主同様変わったのかも知れぬ。

つまりは、地獄の掟やこの学校とか言う鬱陶しい物や、友人面したわっぱ共、腰抜けの教師達、へっぽこ剣術全部含めて受け入れよう。」



「えっ?なに?」



遥は聞き返す。



「・・・。お主と一緒に、剣道部とやらをやろうとおもう!!」




遙には全部聞こえていた。

しかし、敢えてもう一度又四郎に聞き返す。




「又四郎!聞こえないよ!?」




又四郎は大声で言う。



「剣道部に、入ってやる!!!」




夕日が二人を照らす。



眩しい笑顔が、二つ照らされている。



遙は、初めて又四郎の本当の笑顔を見た。