あの「音無の構え」で知られる高柳又四郎が、まさかの大苦戦を強いられていた。



又四郎は、テニス部の男子生徒にかなりやられていた。


なにせ、力加減が全く出来ない又四郎。


地面から跳ね返る玉を、打ち返すたび、弾丸のように相手の背後の金網に突き刺さっていく。


もはや、体が反射的に反応し、動物並みに発達した動体視力が邪魔をし、相手に向けて攻撃を放つと言う又四郎にとっては至極当たり前の反応が、ゲームにならない、ラリーも出来ない有り様だった。



カナのラケットのガットは、凄まじい玉の弾き返しの末、すでにガタガタに緩んでしまった。


「ちょっと!ストップ!又四郎君!ダメダメ!」

カナが慌てて止めに入る。


「又四郎君。全然駄目だよ。ゲームにならないもの。」

「ラケットもボロボロだし。」



「す、済まぬ。カナ殿・・・。なんと不甲斐ない・・・。」



「でも、ある意味天性の素質ね。あんな金網からボールが取れなくなる程のスマッシュ・・・。プロでも居ないかも・・・。」



又四郎はふと、思い付いた。



「カナ殿!しばし!しばし待たれよ!」



大慌てで剣道場に向けて走り出す又四郎。



「お〜い、又四郎君!?」


カナの声など聞こえないように、走り去っていく。



剣道場に戻って来た又四郎は、一目散に木刀を探し、持ち出す。

「おお、これだこれだ。」


型を行う時に使用する軽い木刀を持って、道場から走り去っていく。



「あれ!?又四郎!何処に行くの?」

遙は慌てて呼び止めるも、又四郎には届かない。

遙も又四郎の後を追う。


「さあ、カナ殿。続きをお願いします。」


又四郎は木刀を持ち、テニスコートに入る。


「あ、そうそう。」
鉄下駄を脱いで裸足になった。



「さあ、わっぱ!続きをやろう!」

呆気に取られた男子部員。


ひとまず、サーブをする。


木刀を一振り、軽い木刀の芯で捉えた球は相手のコートにバウンドし、鋭い角度で男子部員に跳ね返る。


「うっ・・・。うわあっ!!」


慌てて男子部員も打ち返すが、アウトになる。



又四郎がサーブを打ってみる。


ボールはあり得ない形に変形し、相手のコートに突き刺さり、高くバウンドし、男子部員の頭上を飛んで行く。


「まさか・・・。あり得ない・・・。」


男子部員が感嘆を漏らす。


カナと又四郎を追って来た遙は、まるで映画を見ているかのような光景を目の当たりにして、事実何が起きているのか、ここでも理解できなかった。


木刀の力加減ならお手の物の又四郎は、次第にラリーをこなしていく。


背面、切り上げ、突き、払い、様々な剣技を繰り出し、テニス部男子を追い詰める。

又四郎はもう、楽しくて仕方ない。

嬉々としてテニスを満喫している。



が、



何かがおかしい。



そう、又四郎は木刀を振るっているのだ。



「又四郎君!」



カナが大声で制止させる。



「何かな、カナ殿!今ちょうど面白い所なんだが・・・。」

不満そうに又四郎はカナに言う。




「いいから、いいから。ちょっと、又このラケットでやってみてくれる?」


カナはゆるゆるになったガットのラケットを、又四郎に渡す。



「・・・。シャモジか・・・。」

又四郎のテンションが下がる。




男子部員と打ち合いを始めると、又してもストレートに金網目掛けてテニスボールが突き刺さっていく。



カナは、遙の肩に手を乗せ、「ダメだったか・・・。」と、溜め息を漏らした。



又四郎は、今にもラケットをへし折る勢いで、テニスコートで地駄々を踏んでいた。



カナは又四郎の元に行き、
「又四郎君。明日ラケットも買うからね。」

と、耳打ちした。