又四郎と平賀は、自分達の教室に戻ってきた。


「高柳君、突然どうしたの?」

平賀が不安そうに又四郎に聞く。



又四郎は突然。



「おい!平賀!!何なんだ一体!!あんな案内では、全然学校の事が解らないではないか!!」


物凄く大きな、威嚇するような声を出して、平賀を糾弾し始めた。

それこそ、教室の外にも響き渡る程の大声で。


「何なんだよ高柳君!急にどうしたんだよ!」

狼狽する平賀。



クラス中が水を打ったように静かになった。


尚も平賀を罵倒する又四郎。


「あんな説明ではなにも解らないではないか!馬鹿者が!!一体、何を考えているんだ間抜けめ!」


まさに雷轟のように怒鳴る又四郎。


ひたすら又四郎は大声で知りうる限りの悪態を付き、平賀に対して怒鳴り散らす。



「・・・。やめてよ・・・。止めてよ!!高柳君!!!」


ついに怒った平賀は、弱いながらも懸命な拳を又四郎の顔面にぶつけた。


「うわあああああっ!!」
叫びなら又四郎に飛び掛かる平賀。


倒れる又四郎に、馬乗りになって拳をぶつける。何度も、何度も。
肩も、腰も入っていない弱々しい拳を。




「なんだ、そんなものか!貴様の怒りはそんなものか!!」


倒れた又四郎は、尚も大声で平賀を挑発する。



「何なんだよ!くそ!何だよ!!僕が一体何をしたっていうんだよっ!!!」


教室にバシバシと、顔を殴る平賀の拳の音だけが響いている。



絞り出すような大声で又四郎を殴る。涙を流しながら懸命に殴る。



騒ぎを聞き付けた教師が、平賀を押さえ込む。

「止めないか!平賀!何があったんだ!!」

馬乗りの平賀を又四郎から退かせ、事情を聞く。

「おい!委員長か保険委員!ひとまず高柳を保健室に連れていけ!」


騒ぎを聞いていた委員長が素早く又四郎へ駆け寄る。

又四郎を起こし、委員長は保健室へ連れて行こうとする。



その時委員長の耳元で、
「さっきは済まなかったな。大丈夫。一人で立てる。」

と、又四郎は囁いた。



又四郎は一人で立ち上がると、教室から出て行った。


後を追う委員長。



平賀は声を詰まらせ泣いていた。



クラスメイトが平賀に駆け寄り、声を掛ける。

「お前、すげぇな・・・。あいつを殴り飛ばすなんてな。」


続々とクラスメイトが、平賀の回りに集まり、気遣ったり、慰めたりし始めた。



空気のように無視していた連中は、平賀の剥き出しの感情を見た時、内心感動していた。


抵抗する事もなく、イジメられるだけイジメられた一人の人間が、あのように感情をさらけ出し、自分より強い相手に対し立ち向かう姿を、幼いクラスメイトは、現実に見たことがなく、少なからず心を動かされた。



又四郎に立ち向かった瞬間から、平賀は空気ではなく、生きた生身の人間なのだと、イジメていたクラスメイトは理解した。


クラスメイトは、皆が平賀の行いを庇い、教師に対して弁護をした。



数分前まで空気扱いしていた平賀を、もう誰も空気扱いしているクラスメイトは居なかった。