「ええ、今日からこのクラスに入ることになった高柳又四郎君だ。みんな、仲良くやってくれ。」


男性教師が又四郎を紹介する。


「じゃ、高柳。みんなに自己紹介して。」



「・・・。高柳又四郎。」





「・・・。えっ!終わり?・・・。まぁ、いいか。じゃ、後の窓際の席に座って。」


ざわつく教室を後目に、無言で歩く又四郎。
又四郎は教室の一番後の窓際の席に座る。


「高柳君。宜しくね。」

隣の席の、見るからに軟弱そうな男が又四郎に声を掛ける。


「ああ。宜しく頼む。」

又四郎は顔すら見ずに言う。


「僕ね、平賀新一(ひらがしんいち)って言うんだ。」


「そうか。平賀殿だな。早速で悪いが、この石の屋敷を案内してはくれまいか?」


「え?石の屋敷?ああ、校舎の事?良いよ。休み時間になったら案内するよ。」


「いや。今からお願いできぬか?」


「だ、駄目だよ!授業中だよ!」


「駄目か。ならば仕方ない。」


立ち上がる又四郎。



「おい!高柳!授業中だぞ!!」


教師得意のチョーク投げが炸裂する。


この男性教師、オリンピック種目にチョーク投げがあれば間違いなく金メダルを獲得できる腕前の持ち主だ。


ヒューッと、一直線に又四郎に向かって飛んでいく。


又四郎は、平賀の机から瞬時にシャーペンを取り、そのチョークへ投げつけた。


チョークとシャーペンは途中、女子生徒の頭上で衝突。


ぱん!!


と、音をたてて砕けた。

まさに一瞬の出来事。


チョークを砕いたシャーペンは、教師の頬をかすめ、黒板に当たり砕けた。


教師の背中に冷や汗が溢れる。



「ちょっと!!」


チョークの粉を被った女子生徒が立ち上がる。


「制服汚れちゃうじゃないですか!!」


猛然と抗議する女子生徒は、クラス委員長の瀬戸未来(せとみらい)であった。


「あ、す、すまん。委員長。」

教師が謝る。


「こ、こら高柳。授業中に出歩いては駄目だ。席に座って、平賀に教科書を見せてもらえ。」


いささか動揺が酷い教師だが、授業を再開した。


「もう!」


瀬戸は髪と制服を叩きながら、席に座る。


又四郎も、席に座り、平賀の教科書を見せてもらうことにした。





休み時間。



「高柳君!さっきのチョーク割凄かったな!」


クラスメイトが高柳を取り囲み、大騒ぎになった。


女子達も、何気にイケメンである高柳をヒソヒソと、噂し出した。



全く意に介していない又四郎は、無言で話を聞いている。



又四郎は立ち上がった。


「平賀殿。では建物を案内してくれるか。」


平賀の周りには何故か人が集まっていない。

むしろ空気のように皆が無視をしている。


又四郎が平賀の名を呼んだ時に、ある種の違和感が教室に拡がった。


「ねえ、高柳君。俺達が案内してあげるよ。」


クラスメイトの一人が言う。


だが又四郎はそれを無視して、平賀に「よいか?」と、続ける。


平賀は戸惑いながらも、「解ったよ。」と、又四郎と一緒に教室を出る。


教室を出る時に、又四郎の背後から僅かに聞こえた。


「・・・。も、決定ね。」


確かに聞こえたが、又四郎は無視して、平賀と共に教室を出た。




「高柳君。僕は空気扱いされて居るんだ。」


平賀は又四郎に話し出した。



又四郎は黙っている。



「最近は空気になったからまだ良いんだけど、空気になる前は、上履きや教科書なんか棄てられたりしてね・・・。」

「よく意地悪されてたんだよ。」


笑いながら平賀は言う。

笑ってはいても、目は絶望的に暗く、笑っては居なかった。



「平賀殿。そなたの今までの境遇は、わしには解らぬ。だがしかし、それほど辛い目に遭い、何故奴等と戦わないのだ。」
又四郎は口を開き、平賀に言う。



「・・・。高柳君。それは無理なんだよ。僕は弱虫で、戦う事なんか出来ないから・・・。」


平賀は苦しそうに言う。


「しかし、戦わないなら今の境遇は変わらないぞ。」



「解ってる・・・。でも怖いんだよ。殴り返して、何人もが寄ってたかって反撃されたら、死んでしまったり、大ケガするかも知れないじゃないか・・・。」



「人を殴れば痛いではないか。勿論殴られれば痛いに決まっている。それを解っている上で、戦うものだろう?」


又四郎は苦もなく言う。

「それはきっと、又四郎君が強いからだよ。揺るがない信念を持っているからだよ。」



「ならば強くなれ。強い気持ちを持て、それだけの事だ。」



「出来ないよ。今更、遅いよ!」



又四郎は黙る。



「良いか、平賀殿。これからさっきの教室に戻るぞ。」



「え?どうしたの急に?案内は?」



「そんなものはどうでも良い。」


又四郎はそう言うと、教室へ向けて歩き出した。