地獄に突如現れた女神。仏様か、神様か。

いつもなら、女が風呂に居ようが居まいが、黙々と風呂に入り、気が向けば女と戯れる。


しかし、何だろうか。


とっくに忘れていた甘酸っぱい感じ。

好きだ嫌いだなど、剣術にとって馬鹿げた感情だと、忘却の彼方に捨ててきた思い。


郷を出た時に、置いてきた初恋。

まさか、死んでから思い出すとはな・・・。



ん?ここは・・・。



「あ、目を覚ましたみたい。兄さん!又四郎、起きたよ。」



「おっ?起きたか童貞侍。早く朝飯食って、検査に行くぞ!」


「ぬっ!童貞侍とな!この閻魔の使い走りめ、その減らず口を叩き直してやる!」


又四郎がいきり立つ。


「うるせーな!早く飯を食え、終わったら俺と病院へ行くんだぞ。」


促されるまま食卓に付く又四郎。


目の前には食パンと牛乳、ハムと目玉焼きが並んでいる。


ムシャムシャと、添えてあったレタスをかじる。


「で、遙殿。他には何を食べれば良いのか?」


遙はコーヒーを飲みながら、ブフッと噴き出した。

「又四郎。パンとか目玉焼きとか、たくさんあるでしょ、それ、全部食べて良いんだよ?」


不思議そうに食パンを指先でつまみ上げ、怪訝な顔で見つめる又四郎。


「この白いのは、食い物なのか?ほのかに良い臭いがするが・・・。」


「それはね、貸して。」

又四郎から食パンを受け取り、トースターに入れる。


ち〜ん。


レトロなトースターは小気味良い音を立てる。


びくっ!とする又四郎。

その焼けた食パンにイチゴジャムを塗り、又四郎へ渡す。


「ほら、食べてみ。」


又四郎は相変わらず怪訝な顔をして、匂いを嗅ぐ。
食べてみる。


「う、うぬぬっ!」

唸る又四郎。


こ、これは・・・。

又四郎は今まで味わった事の無い不思議な甘さと、酸味を感じた。

それは眉間に来る不思議な衝撃だった。

「な、なんたる不可思議な甘さ!そして、パンとやらのからっとした香ばしい焼き加減から溢れ出す旨味・・・。これも地獄の食い物か!?」


「そうか、こうして初めに油断させてから、後からじわじわと苦しめると言う奴か・・・。」

又四郎は背筋が寒くなった。



命のやり取りを繰り返してきた侍は、生き方その物が破綻している。

帰省本能というか、胎内回帰のような温かい環境の方が、余程又四郎には恐ろしかった。

捕るか盗られるかの命のやり取りの方がむしろリアリティーが溢れていて、自分は生きているのだと実感出来た。



「お〜し、童貞侍。病院に行くぞ。」



ついに、地獄の攻め苦を受ける時が来たのだと、トーストを平らげ、牛乳を飲んだ。



なにこれ、美味しい・・・。と、又四郎は思った。