「うん、二人共ありがとう」

 二人が部屋を出て行く。一人になった桜はベッドの上にいつも置いている大きくて丸いペンギンのぬいぐるみを抱き締め、溜め息を一つ、ついた。




「拓!」

 翌朝、重い気持ちで登校した拓人は校門を通るなり、待ち構えていた準平に捕まった。

「顔かせ」

 準平は拓人の腕を掴むと強引に彼を屋上まで引っ張って行く。

「おい、桜、凹んでたぞ」

 屋上に着くなり、準平はそう言って拓人の腕を離した。

「……」

 拓人は唇を噛み締め、眉を寄せて準平を見つめた。

 やっぱり話してたか。

 昨日あの後、桜に何と言えばいいか判らず、準平に相談するか否かの逡巡を、携帯電話を持つ指先に表現しながら、結局拓人は、その手を止めていた。準平と桜が仲の良い幼馴染みだと知っていたからである。

「桜、不安がってたぞ、お前の気持ちが判らないって」

「……」

「桜の事、好きなんだろ?」

「……」

「俺もよくナナに言われるけど、女ってちゃんと言葉にしてやんねーと、不安になるんだってよ」

「……」

 拓人が答えないので、準平の一方的な言葉だけが空を舞う。

「――ったく」

 そんな拓人に準平は呆れた様子で、屋上の手摺に寄り掛かった。

「シャイなのも程々にしろよ。じゃないと、本当に大切なもの、失っちまうぞ」

「……無理だよ」

 拓人がようやく口を開く。「いちいちそんなの……言えねーよ」駄目だよ、恥ずかしくてできねー。

「拓」

 ぶっきらぼうな拓人の言葉に準平が呆れた表情のまま彼を見る。「お前、この一年で一度でも、桜に"好き"って言ってやったか……?」

「……」

「お前は根が真面目だから、女と遊ぶなんてできねーだろうし、付き合ってるって事は、桜に本気なんだろうけど……一度くらい言ってやれよ。それで桜は安心するんだから……な?」

 準平の助言に拓人が何も言わないでいると、無神経な音で予鈴が鳴り出した。準平が小さく舌打ちする。