「本当、甘いのにキツい」

 グラスを口から離し、七海も息を吐き出す。酒に強い拓人のグラスは既に空になっていた。

「何か別の作るか?」

「いや、同じ物を」

「あたしも」

 二人がそう言って空になったグラスをカウンターに置く。拓人はそれを引き上げると、再びカルテル作りを始めた。

「お前、教師やめてバーテンダーになったら?」

 拓人の器用な手捌きを見つめながら準平が言う。

「……悪くないな」拓人は軽くそう返し、照れくさそうにしながらも、シェーカーを振り始めた。

『見たいなぁ……拓ちゃんの働いてるとこ』

 見えるか? 桜。

 しばらくして、三人分のチェリー・ブロッサムが完成する、

「乾杯」

 三人は今度は桜のグラスではなく、互いの空間の中心で三つのグラスを合わせると、ゆっくりと口に運んだ。




「乾杯」

 準平たちが帰った後、一人後片付けをしていた拓人は、カウンターに置きっ放しになっている桜のグラスに改めて目を止めた。

 もう一杯付き合えよ。

 拓人はグラスを一つ取るとウイスキーのロックを作り、カウンターにもたれながら桜のグラスに合わせ、ゆっくり口に運んだ。

『明日の約束、忘れんなよ』

 帰り際に準平が放った言葉。

 また明日な、皆で逢いに行くよ。

 ロックをチビチビやりながら、まったりとした時間を桜と二人きりで過ごす。

 バーテンダーも……悪くねえな。

 桜のグラスの赤褐色の液体が、優しい眼差しで拓人を見つめている。拓人はもう一度軽くグラスを合わせ、心地よい氷の音を響かせながら、ロックを一気にあおった。




「持って来たか?」

 翌日の午前中、鮮やかな小春日和の校庭に、三人は顔を揃えた。

「いい風ね」

 少し強めの風に髪をなびかせながら七海があの桜の樹を見る。

「手、出して」