好き……だよ。

 交際を始めてから一年。振り返れば確かに、桜に対して"愛"を口にした事がない。判っている。理由は単純で、照れ屋な性格のせいだった。

 一人きりになった空間が虚しく拓人を包む。本当ならこの後、近くの水族館に行く予定だった。




「あいつ、照れ屋だからなぁ」

 その夜、桜は幼馴染みで拓人とも仲の良いクラスメートの新島準平(にいじまじゅんぺい)と、同じくクラスメートで親友であり、準平の彼女でもある竹内七海(たけうちななみ)を家に呼び、拓人の事を相談していた。

「あいつの照れ屋は半端じゃねーからなぁ、桜も判ってはいるんだろ?」

「まあ……」

 準平の言葉にうなずきながら、桜は溜め息をついた。そう、拓人の照れ屋な性格はよく知っている。知ってはいるのだが……。

「駄目よ!」

 と、突然、準平の言葉に七海が反発した。

「女の子は"言葉"にしてほしーの! 髪型を変えた時、新しいアクセサリーを身に着けた時、メイクを変えた時、気付いて言ってほしーの! でも、何より"好き"って言ってもらう事で安心するの! もうっ! いつになったらこの女心判るの?」

「はいはい、ちゃんと言ってるだろ?」

 七海の言葉に準平がやれやれと言った顔で彼女を見る。桜はそんな二人を羨ましそうにじっと見つめた。

 いいなぁ、いつも仲良くて。憧れてやまない二人の姿。じんと目の奥が痛み、目頭が熱くなる。と、寂しそうな桜の表情に気付き、七海が一瞬呼吸を止めた。

「ごめん……」すまなそうに七海が言う。

「ううん」桜は首を振り、だが、やっぱり少し寂しそうに微笑んだ。

「でもさ、本当に準の半分でもいいから、風間くんが愛情表現してくれるとねぇ」

 溜め息混じりに七海が呟くと、その隣で準平もうなずいた。

 判ってる。拓ちゃんが人一倍シャイだって。判ってるんだけど……。桜はそっと指で目頭を押さえ、それから洟をすすり、もう一度微笑んだ。

「桜」

 時計の針が九時に近付き、準平が立ち上がる。「明日、拓に俺が聞いといてやるよ」

「えっ?」

 準平の頼もしいその言葉に桜は目を見開いた。「……いいの?」

「任せろよ、吐かせてやるから」

 そう言いながら準平が七海を見る。七海はその視線に応えるように立ち上がると、二人で桜を見、励ますように微笑んだ。

「帰るな、ゆっくり寝ろよ」

「明日ね」