「ねえ」

 交際から一年が経ったある休日、よく行くファーストフード店でデートしている時に、桜が突然、切り出してきた。「あたしたち……これでいいの?」

「……えっ?」

 突然の言葉に、アイスコーヒーのストローを指で弾いて遊んでいた拓人は驚き、目を丸くした。「これでいいって?」

 桜が放った言葉の意味が判らず、拓人が訊き返す。桜は肩をすくめてうつむき、上目遣いに拓人を見つめていた。

「拓ちゃん……本当にあたしの事、好き?」

「……ええっ?」

 桜の更なる言葉に拓人が面食らう。

「何言ってんだよ、いきなり」恥ずかしさで思わず横を向き、桜から視線を逸す。そんなの、いちいち言えるかよ。

「ねえ、どうなの?」

 外方を向いてしまった拓人に桜が追及する。そのどこか不安そうな声に焦躁しながらも、拓人は固く口を結んだまま、開こうとはしなかった。

 馬鹿な事、訊くなよ。

 自分の中で答えは明らかだったが、どうしても口にできなかった。すると、黙り込んでしまった拓人に落胆した表情で、桜が溜め息をついた。

「付き合って一年になるのに、拓ちゃん、一度もあたしの事"好き"って言ってくれた事ないよね……」

 溜め息と共に吐き出された言葉が拓人の胸を突き刺す。アイスコーヒーの氷が溶け、グラスの中で音をたてた。

「本当にあたしの事……好き?」

 桜がもう一度問いかけてくる。しかし、拓人は外方を向いたまま唇を噛み、うつむくだけしかできなかった。

「寂しいよ、不安だよ……」

 "好き"って言って――。桜の視線がそう言っているように思え、いや、実際にそれを求めているのは明白だったが、拓人はまるでそれに背くように更に強く唇を噛んだ。

「……帰る」

 どれくらいの時間が過ぎたのか、やがて、何も言わない拓人に失望した様子で、桜が立ち上がり、バッグを手に店を出て行った。拓人は一瞬、腰を浮かしたものの。後を追う事はできなかった。

 桜が座っていた席が虚しく拓人を見つめている。拓人は桜の残したアイスコーヒーのグラスを見つめながら、深い溜め息をついた。