「はいはい、全部ね」今度はもう知らんと言う顔で、七海が一人、ファンシーショップを出て行く。

「ちょっ、待ってよ七海!」

 驚き、慌てて後を追おうと店を出た桜だったが、次の瞬間、突然目の前が暗くなり、そのまま意識を失った。

「桜!」

 アスファルトに崩れ落ちた桜に驚いた七海が慌てて桜の元へ駆け戻る。「桜! 桜、どうしたの? 桜!」

 必死に呼びかける七海の声に桜は全く反応しない。固く瞼を閉じたまま動かない。

「桜……!」

 人が沢山行き交う駅前の歩道。足を止める人、止めない人、沢山の土ほこりと靴たちの中、七海の声が風となり、街路樹を大きく揺らした。




「うざくね?」

「何が?」友人の言葉に準平が露骨に嫌な顔をする。桜が倒れた頃、拓人は準平とたまに遊ぶクラスメートの笹峰俊樹(ささみねとしき)と三人で、二十四時間営業のファミレスにいた。

「女だよ、女!」山盛りのフライドポテトを一本取り、準平の鼻先に突き付けて俊樹が言う。準平はまたかよと言う顔で、鼻先に突き付けられたポテトを奪い取った。「何だよ、また彼女と喧嘩か?」

 二人の会話を拓人は黙って聞いている。三人の時、拓人はいつもそうだった。

「ああ、まぁな」俊樹はそう言ってコーラを一口飲むと、まるで煙草を吸っているかのような仕草で、窓の外を眺めて長く息を吐き出した。

「毎日好きって言えだの、毎日必ず電話しろだのメールしろだの、髪型気付けだの、記念日忘れるなだの、もううぜ~うぜ~」

「なら、別れちまえよ」

 ポテトを頬張りながら、あっさり準平が言うと、俊樹は即座に否定した。

「やだよ! うぜーけど、嫌いじゃねーし」

 独り言のようにそう言って、俊樹がポテトにケチャップをつける。準平は別のポテトをつまみ、端をかじりながら苦笑いした。

「俺もナナによく言われるわ」

「お! だろ? 言うだろ? 女って何でああな訳? 大体、男はいちいち記念日なんて覚えね~っつーの! 逆に全部覚えてる方がキモくね?」

 自分の言い分に賛同した準平に、俊樹の瞳が輝く。「あれさえなきゃあいつ、すんげ~かわいいんだけどなぁ」

「のろけてんじゃねえよ」

 結局そうかよと言わんばかりに準平が俊樹の頭を軽くはたく。その様子を相変わらず拓人は黙って見ていた。

「まぁ、確かに全部覚えてるってのもキモいけど、女は言葉に出してほしーもんらしーぜ」