「おじゃましまーす」

夜の7時、陽太が我が家にやって来た。

「あらあら、いらっしゃい。陽太くん。
もう少しでご飯出来上がるから待っててね」

「はい。
あ、これおみやげです。こないだまでばーちゃんち行ってたんで」

「まあ、ありがとうねー。
漬物?すごく美味しそう!今日のご飯のおかずにさせてもらうわ」

「お願いします」

お母さんは嬉しそうだ。
いつにもなく、猫なで声を出している。

今日はお父さんが出張であさってまでいない。もしお父さんがいたらちょっと怒るんじゃないかな…。

ソファーに座っていたら陽太が隣に座った。

「お母さん、嬉しそうだよ。あんたが来て」

「そーなの?あれしか見たことないからわかんないわ。
つーか今日おじさんはいないの?」

「うん。あさってまで出張」

「ふーん」

「あんたこそ、今日なんで来たの?」

「俺んちは、今日二人で外食しに行った。
結婚記念日らしいよ」

「そーなんだ」

会話が終わると、陽太はケータイをいじり始めた。

持っていないからだけど、少し羨ましい。

視線にその気持ちが出ていたのか、

「なに?これ、欲しいの?」

ニヤニヤしながら訊かれた。
こいつはホントに、小さい頃からニヤニヤ顔が得意だ。
こいつにされると、妙に腹が立つ。
だから私はついつい、挑発にのってしまう。

「別に、欲しくないし。
エロサイトでも見てたら菫さんに言ってやろうと思っただけ」

「母さんに言うのか。
見てないから別になんとも思わんが」

「何してんの?」

「気になる?」

「なんとなく訊いただけ」

「LINEしてる」

「誰と?」

「気になる?」

「別に」

「奈々としてる、今」

「奈々ちゃんって元カノの?」

「そう」

「……ふーん、あっそう」

元カノとLINEってしても問題ないのかな。
そういうもんなのかな。

ちょっとだけ、気にかかる。

「なに?気になる?」

「何が?」

「奈々とLINEしてるの」

「…別に」

「嘘つけ、バカ。
ヤキモチ妬いてるくせに」

またニヤニヤしてる。

「…………」

恥ずかしさと怒りが混じって、何も言えなかった。

くそう、こいつ、ホントにムカツク…。

「や、妬いてなんかないし」

頑張って出した声は裏返ってしまった。
しかも笑われるし…。

「笑うなし」

「そんな、妬いてたのか」

「だから妬いてないし」

「意地はるなって。
嘘つかなくてもわかる」

さっきからニヤニヤしっぱなしな、陽太の顔が真剣な顔に変わった。

私達が今座ってるソファーはお母さんからは死角で見えない。
だから会話も聞こえることはない。

顔と顔の距離が近くなって、反らした。
でも両手を掴まれて、もっと寄ってきた。

「妬いてんだろ?」

「……近い」

言われなくてもわかる。
今の私の顔は真っ赤だ。


触れるだけの、キスをされたと気づいたのは唇が離れた後だった。

「え…」

「ごめん、我慢できなかった」

前みたいに強引にではなく、優しく包むようなキスだった。

「ダメだよな、こんな彼氏でもないのに」

陽太はもう一度、ごめん、と謝った。

「……別に怒ってないから」

「え」

「むしろ、…その…」

その先は言えない。
言えるようなことじゃない。

「なに?むしろ、なに?」

陽太の問い詰めに、心がキュウと音をたてる。
締め付けられる。

「むしろ…」

「ん?」

「う、嬉しかったりした…」

「…………っ」

「……………」

「………………あか」

「はーい、ご飯出来たわよー!
お母さん特製ハンバーグ!」

沈黙を破ったのはお母さんだった。

「あら?二人ともどうかしたの?」

空気の読めない母親で良かったと、この時だけ感謝した。