落合先生。


私、あなたの気持ちを考えていませんでした。

あの時、まだまだ幼かった私は相手の気持ちを考慮できる歳じゃなかった。



7月、終業式の日。


私は落合先生のもとへ向かった。

先生はC組で資料を整理していたようだった。

「先生、何か手伝えることありますか?」

「ああ、じゃあこの英文を日本語訳してこっちの紙に書いておいてくれるか」

「はい。わかりました」

私は落合先生に英語を教えてもらううちに3年生の範囲まで、余裕で分かるようになっていた。

「菊崎も訳すのが速くなったな。
写して書いてるみたいだ」

「そうですか?」

「だってこの間の期末、ほとんど百点だったらしいじゃないか。
頑張ったな」

落合先生の手が頭の上にきた。

撫でてくれると思った。

だけどその手は私の髪に触れてはくれなかった。

「え、」

「…………あのな、菊崎」

先生は下をむいて言った。


嫌な予感が頭の中をめぐった。



「こんな関係は、もう終わりにしないか」



世界中の時間が止まった気がした。

すぐに言葉が出てこない。

何を返していいか、わからない。

「俺はお前の気持ちを受け入れて、こういう恋の仕方もあるんだと思った。
だけど、俺には俺の、お前にはお前の、それぞれ違う道もあるんじゃないか」

「……意味がわかりません。
なんで急にそんなこと言うんですか?」

「頭のいいお前なら分かってくれるはずだ。
俺は教師、お前は生徒だ。
割り切れ、大人になれ」


なんで?なんで?なんで?

頭の中は疑問符ばかり浮かんでくる。
また心が痛い。


椎名先輩の時みたいに。


やめて、やめてやめてやめてやめて。



「割り切れません!
なんでですか!?
先生、言ってたじゃないですか。
その人が被害に遭わないのなら愛せるって」

「そうじゃない。
被害に遭ったからやめにするという意味じゃないんだ」

「じゃあどういう意味ですか?」

先生は言った。

「別々の道があるんだ。
ただそれを選ぶだけだ」

どうしてもわからない。


わかりたくなかった。


確信してしまえば、もう完全に終わってしまうと思った。

「別々の道って…。
じゃあ、先生はもうその道を選んだんですか?」

「ああ、そうだ。
君とは違う道を選んで、そして今進もうとしている」

「………………」

もう、駄目だ。

心が壊れた。
私の恋が、消えてゆく。

小さくて、大きな音をたてて。

消えてゆく。

「……もう、いいです。
私の前から消えてください。
不愉快です」

どれほど辛辣な言葉を並べようとも、私の心は冷えきって。


固まって、誰も彼も受け入れてくれなくなった。

「最後に思ったことだが」

「何ですか。早くどこかへ行ってください」

「私は君の、そういう子どもっぽいところが好きだったよ」


あ、私がいなくなればいいんだ。


そう思ったのは先生の最後の言葉を聞いてからだった。


私は耐えきれなくなって、その場から駆け出した。

走ると肘が痛い。

だけど痛みも感じれないくらい、心が、胸が、頭が。


痛い。