僕にはうまい生き方なんて出来やしない。

 いつも目の前に出てきた小さな恋にだって大きな夢を膨らませ、心が満たされる事で安心している。



相手が弱い人間に見えようとも、その人が僕の支えになってくれる事を、切に願いながら。

 小さな人間なのかもしれない。

 この先将来に光が見えずに路頭に迷うかもしれない。

 そう思いつつも昔は恋に憧れを抱きながら生きていたよ。

「俺」がまだ自分を「僕」と名のっていた頃の話……。


その男は夜の賑わう居酒屋の中で知り合いと思われる若い男女の前で、そう、赤裸々と語った。


「へぇ〜、鉱夫さんにもそんなナイーブな一面があったのね〜」若い女が言った。

「本当、意外ですね……」若い男が言った。

「……まあ過去の話はこれ位にして、俺は帰るわ、明日も仕事だしな、お前ら暇人と違って」そう言うと男は席を立った。

立った拍子に天井からたれさがっていたこの部屋を照らす豆電球がその男の頭に当たり、左右にぶらぶらと揺れた。

男は身長二メートルはあろうかと思われる程の大男だった。

「あっそうそうお前ら俺が帰った後も酒は呑むなよ、酒はハタチになってからだ」

俺は店を出る間際に忠告したつもりだった。

……

そうすると若い女はふくれ面になりながら言った。

「何言ってるんですか! もともとこの居酒屋に私達を連れ込んだのは鉱夫さんでしょ!」

「ははっ……それもそうだ!! 悪い、悪い……」

「でも良かったわ、鉱夫さんの昔の話が聞けて、誘ってくれてありがとうね」

「ああ……じゃあな」俺は照れ臭くなって店を一歩出た所で今度は若い男が言った。

「鉱夫さん、沢山お酒を呑んでいらっしゃったのですから、帰り道に気をつけて下さいよ」

「わかってるよ。じゃあな」

全く、忠告したつもりが忠告され返しちまったな

……

はははっ。


俺は若い男が言っていたように酒をたらふく呑み酔っていた。それは泥酔と言ってもいい程だ。俺はこのでかい図体にして似つかわしくない程、酒に弱い。だが泥酔するまで酒をかっくらってしまったのは訳がある。それは酒の席でつい魔が差して自分の痛い過去を話してしまったからだ

……



「さてと、帰るか……」
……

帰り道、足元がふらつく。歩きながら両の足どうしが絡みつき、よろけ、うつ伏せに地面に倒れこむという事を繰り返していた。今から向かう先は一人で住んでいるアパートの一室だ。

こんな状態でそこまでたどり着くのだろうか? 明日も仕事だというのに。そんな事を思いながら何度目かに倒れたときに明るい女の声が耳に入ってくるのが分かった。顔を上げてみると、そこには電話ボックスで電話の受話器越しに誰かと話をしている女子高生風の女がいた。ボックスの下の隙間から声が漏れているようだった。電話か

……

そうだな。 もしこのまま家に帰れなかったら明日、仲間が困るだろうな

……



同僚に一本電話を入れておくか

……



だが女の話は五分、十分経ってもとどまる事を知らない。俺は電話ボックスの隣で女の話が終わるのを待った。時折漏れてくる会話の中で女が自分のことを「オレ」と名のっている事に気づいた。

俺は苦笑した。なぜかって?
……

それは先ほどまで居酒屋で話していた過去を思い起こさせるからだ。