火原一騎は呆然と立ち尽くす。

同じ同門の門弟であり、選び抜かれた将校の自分達が、かくも自然の前では無力であると思い知らされていた。


「才原・・・。」


魚に食い散らかされている才原伊都の骸は、もはや人のそれでは無かった。

蟒蛇も早くも骨が剥き出しに成っていた。




凛達は琵琶湖の中程にある小島で、二人の到着を待っていた。


明らかに二人に異変が起きていると解っていたが、掟に従い、敢えて助けには行かない。


二人が無事に戻って来ることを信じて、待つだけだった。



ふと水面になにかが浮かんで流れ着いた。


将校の一人が、拾いに入る。


「こ、これは・・・。」
それは才原の水練着だった。
四、五匹の魚が食らいついている。

その魚を払い落とし、島に上がり、水練着を凛へ渡す。

「師団長様、こ、これを・・・。」


凛は水練着を受け取ると、声を詰まらせた。


「ぐっ。まさか・・・。」


血糊が染み付いた才原伊都の水練着に、粘液と共に髪がへばりついていた。


「まだ、泳ぎ出して三時間程度なのに、早くも犠牲が出たのか・・・。」



凛は後悔した。

いくら水練で持久力を養う為とは言え、余りにも無謀だったと。



「皆、叡山へ戻るぞ。」
と、凛が言い始めた時。

「お待ちください師団長様!」

将校の一人が遮るように言った。


「このまま、続けさせてください!」


将校達は口々に言う。


「ここで止めてしまえば、才原は犬死にです!
何としても、水練は貫徹するべきだと存じます!」


将校達は凛に訴える。


「しかし、大切な天帝の兵であるそなた達を失うわけにはいかぬ。」


「いいえ!天帝様の兵の前に、一文字流の門弟です!」

「我々は貫徹し、一文字流を極めたいと思っております!」



悩む凛。



「・・・。解った・・・。ならば続けよう。」


凛は苦渋に顔を歪め、決断する。


「鼎秀峰(かなえしゅうほう)と、柊冬(ひいらぎとう)の二人を、この島に残し、残りの者は引き続き水練を開始する。」


「二人は、火原の到着を待ち、その後合流せよ!」

「尚、危険な場合、自分の命を最優先に守れ!」

「はい!」


二人は返事をする。


「では出発するぞ!」


凛達は琵琶湖へ入り、水練を再開した。




その頃、火原一騎は、新たな怪物の襲撃を受け、戦っていた。


島の陰に生息していた大蜥蜴(おおとかげ)が、食肉魚の捕食に姿を現したのだ。


五メートルはある長さと、体重は二トンはあろうかと言う巨体である。

口からヨダレをたらし、唸りながら火原の前に現れ俊敏な動きで襲い掛かって来た。


火原は攻撃を刀でかわしながら、眉間めがけ、刀を突き刺す。


しかし、刀は無情にも折れた。
大蜥蜴の体は硬い鱗に覆われている。
顔も並の刀では傷一つ負わせる事は出来ない。


前足が火原の顔面を横殴りに払う。


瞬間、頭が吹き飛んだ。

体だけが崩れ落ちる。


それを大きな口で噛み付いて、肉体を引きちぎる。


むしゃむしゃと喰らう。

あっという間に喰らい終わると、蟒蛇にまとわりつく食肉魚を喰らい出す。


むしゃむしゃと喰らう。

食肉魚は蜘蛛の子を散らすように湖に離散し、逃げていく。


大蜥蜴は蟒蛇の骨も噛み砕き、腹に収める。