「絢莉、」

「もういい」

「え…?」

「もう分かったよ、もういい…」

顔を膝に埋めた私を剣人が見ているのが分かる。


きっとあの気遣わしげな表情で。


「ごめんな絢莉、俺…」

「分かったから!」


もう分かったから。


これ以上、悲しい思いさせないで。


パッと立ち上がり、真っ直ぐ剣人の目を見る。


「剣人、今までありがとう」

ゆっくり唇の端を持ち上げた。

微笑む、なんて生易しい表現ができるほど私はタフじゃない。


でもね、剣人。

最後くらい私に花持たせてよね。

貴方の中の私が…せめて記憶が消えるまで、笑顔の私が貴方の中にあればいい。


「…うん。ありがとう、楽しかった」

剣人も立ち上がり、目を細めた。

「そっか。もう…行っていいよ」

「そんな、風邪ひく…」

「もう、剣人」

不意に、不思議なほど自然に笑みがこぼれた。


「道は同じでも、もう一緒に帰れないんだから。先帰りなよ」


優しい剣人は私を心配してくれている。

その言葉がどんなに私を苦しめているか、分かりもしないだろう。


…そんな、剣人が好きだったんだ。

そんな剣人が。


下を向いていると、静かに歩いて行く足音が聞こえた。

どんどん遠ざかっていく。


追いかけたい衝動に駆られたけれど、もうそれも叶わない。


もう私にその資格は無い。


力が抜けて、ドサッとベンチに座りこんだ。