雨に似ている  (改訂版)

――あいつ、よくこんな難しい短歌を知ってたな


扉越しに聴いた詩月のピアノの音が思い出され、貢の耳をついて離れない。

貢の頭の中を、詩月のピアノの音色と胸を押さえ苦しげに息をつく姿、万葉集を口にした顔がぐるぐると回る。

――あの状況で、どんな思いで万葉集など口にしたのか?

貢は可笑しな奴だと、ただ失笑する気にはなれない。

「鯨取り」の歌に、詩月の願いも夢も希望も、精一杯こめられているのかもしれないと思ってみる。

超絶技巧演奏家として名高い父親のピアノ演奏を、コピーできるほどの才能は、羨ましいと思う。


だが、貢は詩月自身がそれを生かし、思うように表現できないでいることが、ひどく口惜しくてならなかった。


正門前。
郁子の後ろ姿を見つけ、貢は声を張り上げる。

郁子はハッとして振り返り立ち止まる。