雨に似ている  (改訂版)

「ずっと……自分の音を見つけられず、自分のショパンを弾けずにいたけれど、やっと音楽は自分自身が『音を楽しむこと』だと、わかった気がするんだ。だから、今なら……ちゃんと弾ける。あの日、2年前のコンクールで弾けなかった僕自身の『雨だれ』を」

詩月は言い終えると、ゆっくりとした足取りで店の中央にでんと構えたグランドピアノに向かって進んだ。

郁子は憂いも悲嘆も感じさせない後ろ姿をじっと、見つめる。


詩月はピアノに向き合い、制服のタイをゆるめカッターシャツのボタンを開け胸に手をあて、目を閉じた。

祈るように手を合わせ深呼吸し、ゆっくりと目を開けると、ピアノに指を構える。

店内が静まりかえったまま、詩月のピアノ演奏が始まる。

貢も郁子も理久も息を呑んだ。

鍵盤に触れる詩月の指が、透明で澄んだ音を奏でる。

雪のように儚い音も1つ1つ煌めかせる。

指先に神経を集中させ、肩先に落ちることなく消えてゆく儚い雨音までも、微かな雫の1粒さえも逃さず丁寧に掌で掬いあげるように。

繊細で計算された正確なピッチが雨音を奏でる。

紡ぎだされる音に周桜宗月の影はない。

澄み穢れなく優しく心地よく清らかな音は、哀しいほど優しい調べを讃え奏でられる。