「ただ『ピアノが好きだから弾きたい』それではダメなのかしら? 親子なのよ。少しくらい演奏が似ていても、まるっきりコピーではないでしょう? 貴方の演奏は貴方自身の演奏だし、貴方のピアノの音だと自信を持って弾いてもいいんじゃない!? 『周桜Jr.』そう呼びたい人には呼ばせておけばいいのよ」

郁子の言葉に詩月の胸が熱くなった。

胸の奥に、ずっと仕えていた暗い気持ちや不安がほんの少し軽くなったような気がした。

心の霧が微かに晴れた感覚、凍えた心が少し暖かくなったように感じられた。

すり抜ける思いや願い、そして希望を繋ぎとめ掴み取ろうとするように、詩月は宙に手を伸ばした。


「弾きたい……思い切りピアノを弾きたい。ピアノを諦めたくない」

頼りなく弱い掠れた声、耳を澄まさなければ聞き逃してしまいそうなほど微かな声で、詩月の願いが紡ぎ出された。


「周桜くん。私、貴方の本気のピアノが聴きたい。貴方の『ショパン』が、貴方の本気の『雨だれ』が聴きたい」

郁子は詩月の細く華奢な手を握りしめた。

「緒方?!」

詩月は郁子の咄嗟の行動に戸惑うが、郁子自身も自分の行動に戸惑いながら、何故こんなにも彼の「ショパンの『雨だれ』が聴きたいのだろうと思った。