「うわぁ~いい匂い」


甘い匂いに誘惑されつい口走ってしまうと、悠希も口を半開きにしてクレープ屋に見入っている。


「もしも~し、お兄ちゃ~ん」


「…」


「おい!ハゲ!」


「よし、食うか!」


「なっ、ちょっと!」


冗談なんかお構い無しに急に手をぐっと引かれ、足がもたつき転びかけたが、無我夢中な悠希は早足で一直線にクレープ屋へ向かった。


クレープ屋の前に立ち、甘さで溶けてしまいそうないい匂いに再び二人は口を半開きにした。


我に返り、あたしが抜けきらないアホ面をひっさげメニューを見渡し、先にどれがいいか選んでいたら


「歩はどれがいい?どれ!どれ!」


悠希は子供かってつっこみたくなる浮かれようだ。


甘い匂いは大人を子供に戻す魔法の匂いなのかもしれない。


どんな屈折した大人でも虜にしてしまう魔法…


「チョコ好き!チョコバナナクレープ!!」


「んじゃそれ一つお願いします」


――えっ。なんで一つなん?


てっきり二つ頼むと思っていたのに、悠希はなぜか一つだけ頼んだ。


欲が出て、本音を言えばたくさん食べたいあたし。


けど悠希にあわせ大人の女のフリをしての我慢。


手渡されたクレープ。

歩いて一口ずつ交互に食べたら「う~ん♪」なんて声が自然と漏れて甘さが口一杯に広がり幸せな気分になる。


クレープに噛みつくたび口のまわりがクリームでベトベトだ。


手がつけられないクリームの量にてこずり舌で唇の回りを何度もなめ、再びクレープを食べていたら小さくなったクレープがバランスを崩しクリームが飛び出した。