『礼太』


ふと、自分を呼ぶ声がした。


異次元から木霊するような、不可思議な響き。


「……廉姫?」


『あぁ、廉姫だ』


礼太はきょろきょろと自分の部屋を見渡した。


しかし、廉姫の姿は見えない。


『すまないな、華女の側をできるだけ離れたくないのだ』


礼太の心を読んだのだろう、廉姫は全然すまなそうに聞こえない口調で言った。


「華女さん、具合悪いの?」


『あぁ、しかし心配には及ばない。華女は私が守る。華女は病弱な叔母のことはしばし忘れてほしいそうだ。お前は新しい生活をせいぜい楽しめばよい』


「……華女さん、屋敷にいないの」


『いる、といえばいる。お前も知っての通り、当主の居住域のほとんどは屋敷には属さない。ほとんど独立した領域だからな』


当主の居住域とはその名の通り、奥乃家の当主が代々住まう場所だ。


本来ならその所有権は礼太に移ったのだが、あの特別な場所を活用する力量はまだ礼太にはない。


それに当主の代替わりは内密のことなので、当面の間はそのまま華女が住まうことになっていた。


「どうしたんですか、廉姫」


『一応、忠告ぐらいはしておこうと思ってな』


オカルト研究部のことだろうか?


『あぁ、そうだ』


礼太はげんなりした。


廉姫が面白そうにころころと笑う。


『変な顔をするな、今日は特別だ。お前に害をなす輩がいては困るからな。神経を張り詰めて監視していたのだよ。繋がりは切りたくても切れんが、あの可愛らしい少女とお前の逢瀬を逐一覗き込んだりはせん』


実態がないのに神経なんてあるのかな、と考えていた礼太は、かっと頬を赤くした。


「な、んのことですか!」


『よいよい、多いに謳歌するがよい。青春、というやつか。……華女にはそれすら許されていなかった』


礼太は、顔を真っ赤にしたまま俯いた。


「廉姫、あの」


『何かあればすぐに私を呼ぶのだ』


廉姫は、礼太の言葉を遮るように言った。


『オカルト研究部とやらに入るのを止めはせん。しかし、むざむざと己の身を危険にさらすのはやめろ、危ないと思ったら引き返すこと、そしてすぐに私を呼ぶことだ……よいな』


「……はい」


礼太はうなづいた。


これからの学校生活が少し、ほんの少しだけ楽しみだ。


『あとは慈薇鬼の子供がきちんと役目を果たせば問題なかろう』


廉姫が、ぼそりと何かを言った。


聞き取れず、礼太は首をかしげる。


「何か、言った?」


『いいや、何でもない』


多分、廉姫は今、微笑を浮かべているのだろう。


妙に釈然としないものを感じながら、礼太はうなづいた。