「うわぁ、なにこれかわいんぶっ」

反射的に体が動いて松井さんの口を塞いだ。
顔が、夏のせいで、暑くってしょうがない。

何を言おうとしたのかしらね、
全く全然分からなかったわ。

かわいい、とか、言ってたら本当に困るもの。
……照れてるわけじゃないわよ!
わ、分かってるもの。
私が、か、かわぃ……のはね!

んーんー言って私の手をポンポン叩く松井さん。

じとっと睨んでもうしない?って目で聞いたら、
うんうんと何回も頷いて返事したので
数秒試してから手を離した。

「ぷはっ、えー顔赤くしちゃってかわ…あーっと、
ソロソロピアノノレンシュウニモドラナキャー」

ニヨニヨと変な顔になった松井さんが
またおかしな事を言い出しそうなのを
察して睨んだら、
目を泳がせた松井さんはカタコトにそう言った。

わざとらしい…

疑いの視線を向けるけれど、
今度はギリギリ言ってないのでセーフにしてあげた。

「アッキー!」
「はい?」

いきなり呼ばれてとっさに返事をしてしまった。
このふざけたあだ名で呼ぶのは一人と決まっている。

「なによ、澄晴」

そう、松井さんとの会話で
思考の隅に置き忘れていた『変人四人組』の一人、澄晴の声。

内心、何となくふわふわして居心地が悪かった空気を
断ち切ってくれたことにほっとしたけれど、
それをおくびにも出さずいつものように粗雑な返事を返す。

私を呼んだ澄晴に目をむけると、
気持ち悪いくらい笑顔な、
今日は少し成りをひそめていた
チャラい空気を醸し出した澄晴がいてげんなりした。

いきなり何?

呼ばれた理由もわからず、
気持ち悪いくらい綺麗な笑みの意味もわからないので、
げんなりした表情を隠さずに
何を言い出すのかと見ていると、
笑みを深めた澄晴が手を差し出した。

既視感のある。
私をここに無理やり連れてくる時にしたのと
同じ状況。

さっき松井さんに友達になろうと差し出された手に
そっと触れるか触れないかでさわったのが嘘みたいに、
私はそれが普通の事みたいに
呆気なく澄晴の手に自分の手を乗せた。

目の端に驚いた表情の変人他三人と松井さんが
見えたけれど、
多分、今一番驚いているのは私だと思う。

なんでこの手は落ち着くんだろう。
白くて綺麗な、ピアノを習っていると言われれば
なるほどと納得するしなやかな手。

チャラそうな顔からは全然想像つかないのに。



手をとった先にあった顔は、
これ以上ないってくらい、甘いものだった。