それからなぜか、
澄晴による猛ピアノレッスンが開始された。

「は?初見出来ないの?
なのに何となくやってた?
酷いわけだよね。
ていうかあれを曲と言ったら本物のアホだけど」

だの、

「ホームポジションも知らないとか、
話にならないよ。
はぁ、ほらそこに親指置いて。
違う、ここ。で、ここにこの指置いて…だーかーらぁ!」

だの、

「ていうか楽譜にドレミ書いてるの?
それ楽譜の意味無いんだけど」

だのと、額に青筋を浮かべて
こんこんと説教するかのように指導していた。

それを聞いた女の子、
松井さんと名乗った人は
澄晴のきつい物言いに臆すること無く、
しきりに感心したように頷いて同じ間違いを繰り返し、
澄晴に指導されていた。

松井さんという名前で思い出したのだけれど、
確か彼女は五組で運動神経が良いと
有名な松井夏海(まついなつみ)さんだった。

勿論私が自分から収集した情報では無くて、
クラスメイトの人達が運動会で
松井さんがいるクラスが羨ましいと
そんな話をしているのをたまたま聞いたから。

そのことを彼女に聞いてみたら、
案の定本人だった。

せっかく運動神経に恵まれているのに
どうしてピアノを弾いていたのか、
次いで松井さんに尋ねたら、

「小さい頃に友達のお誕生日会に行ったんだけど、
その時にその誕生日の友達が
ピアノを演奏していたんだ。
その演奏がとても上手で綺麗で、
あたしもやりたいって思ったんだけど、
その時はサッカークラブに入ってて
両親とはそのクラブをやめたら
体操教室に行かせてくれる約束をしてたから
流石に立て続けには言いずらくて。
何度か言おうと思ったんだけど、
たまたま両親が習い事にかかるお金が多くて大変って
話しているのを聞いてからはもっとピアノしたいなんて
言える状況じゃなくなっちゃってさ。
でもやりたいやりたいって思って、
中学入ってから
音楽の先生に相談してみたら、
内緒だよっていって音楽室の鍵を貸してくれて。
すっごく嬉しかったけど、
友達は皆頭悪いあたしなんかとピアノは結び付かないって
言ってるから、あんまり表立ってやる勇気が無くて。
だから、放課後の誰もいない時間に練習したくて
一人で電気も着けないでピアノ弾いてたの」

まさか王子にバレるとは思わなかったけどねー
といって松井さんは苦い笑いを浮かべた。

運動が苦手な私にしてみれば
それが恵まれいるだけで十分じゃないと思うけれど、
そうじゃない人もいるのね。


なんだか新しいものを発見した気分になった。