「はぁ、はあ…はあ…!」

恐怖と悪寒とおぞましさに後ろを見ることも出来ないままひたすら走り続ける。

なんでなんでなんで!
…手を握っているって言ったのに!
ばか澄晴!!

背後から迫り来るものの速度はきっと早くはない。
けれど、運動神経が壊滅的に悪い私には比べようにも大した違いはないようで、走っても走っても引き離せている感じはしない。

「ハアハア…」

私じゃない。
荒い呼吸の音。
聞きたくもないのに、手を塞ぐ力なんて微塵たりとも残っていないから、走って、走って、ただ走る。


自分の情けなさに涙が出そう。
何にも出来ないのは知っていたけれど、それでも、こんな事になるなんて…

泣きたくないけれど滲む視界。

「きゃっ!」

棒のように疲労を訴えていた私の足が、ついに踏ん張れなくなってもつれさせた。
そのまま廊下に手をついて転ぶ。
膝が擦れている熱さを感じたけれど、それ所ではない切迫さの中、自分の早る息遣いだけが静かな空間に響く。

背後にあった足音がぴたりと止まる。
追いつかれた。
冷たい汗が背中を伝う。


あぁ、怖い。恐い。
助けて-------すーちゃん


伸びてくる手の先に、あの日の幸福が蘇る。




目の縁に滲んで溜まった熱から、一粒の雫が頬を伝って落ちた。