恋する黒猫

−千聖side−




ガタッ



棗から連絡がきて、倉庫に向かおうと陽向達と廊下を歩いていると、少し先にある使われていない図書室から物音が聞こえた。

普段は、絶対に開けない図書室。

もちろん生徒会長の僕ですら、あまり開けることはない。

ただ、この部屋を使う人が一人だけいる。

最近来なかったのに、なにかあったのだろうか。


「なんだ?」

要が首を傾げて不思議そうにする。

「さぁ…
この部屋から物音が聞こえるのは珍しいですね」


そう、『物音が聞こえるのは』だから決して『誰かがいる』ってことは言っていない。

言ってしまったらややこしい事が起きないから。

いや、あの人が学校に来てしまった時点でややこしい事が起こっているのだけれど。

僕はそれを、知らないふりをしなければならない。

あの人が、僕に近づかない限り。


「…覗いてみる?」

要、あなたのその勇敢な志は素晴らしいと思いますよ?

普通だったらまず覗きませんからね?


「…なぁ、女子がいんぞ?」

「まっさか〜。…あ、ほんとだ」

「えぇー…あの子なにしてるの?」


要と誠司、龍の順に覗きに行って、まさかと思い自分も見に行く。

「…机の上で横になってますね」


僕はあえて『誰が』とは言わなかった。

だって僕が知っている『その人』だったから。
仲間に知られたら厄介な事になるからだ。


そんな僕達の上から腕がすっとのびてきた。

陽向は有無を言わず扉に手をかける。


ガラッ


「あ、勇者」

隣にいる誠司の声がしたが、陽向はそれを無視をして『その人』に近付く。



…見つかってしまった

見つけてしまった


……いや、隠していたわけではないけれど


「なんだこいつ」

陽向が眉間にシワを寄せ、首を傾げながら呟いた。

窓際に置いてある机を器用に並べ合わせてその上で気持ち良さそうに寝ている。


…また寝てる。


「…寝てますね」


バレないように。悟られないように。

客観的に見た感想を言った。


「すんげぇちっせー」


「黒髪長いね…」


「てかさぁめっちゃ美人じゃない〜?」


そう口々に言って僕らはその人の顔を覗き込んだ。


相変わらず綺麗な首筋のラインで、前髪が長い。

そろそろ切ればいいのに。

その人にとってはその長さが好きだとか言っていたけれど。


長い前髪は邪魔だと思う。

一度、無理矢理切ろうとしたら、鳩尾に蹴りが深く入って苦しい思いをした事がある。その日からもう二度とやらない事を誓ったけど。


夕日があたっている机がよほど気持ちいいのか、一定の寝息で幸せそうに寝ている。



なんで今日、いるんだろう…?


「あの日」から変わらない服装。

長袖の黒のパーカーに黒い短パンに黒のショートブーツ。

短パンから生える色白の細い足。

あまり食べないから、その足は握ったら折れそうなほど細い。



「ん…っ」


長いストレートの黒髪を半分だけ机の上から落として寝返りを打つ。




「ッ?!」




その瞬間に少しだけ見えたその人の寝顔。





一瞬、


僕らの空気が固まった。





綺麗すぎる顔立ちは儚く消えそうで、触れてしまったら一瞬にして壊れてしまいそうな感じ。

僕とこの人が出会ってからいつも思っていた。
この人は壊れやすい人なんだと。
凄く、脆いんだと。

何も言わなくても見ただけですぐに分かってしまう。


僕らにいつも寄ってくる女はパンダみたいな人達が多い。

必要以上に近づいてきて五月蝿くてキツくて香水臭くて、とにかく複雑な感情で面倒臭い女ばかり。


ふと僕らの視線を感じたのか、その人がうっすらと目を開けはじめる。

体を起こしたその人は未だ眠そうで、目の焦点が合っていない。


こんなところで寝ていたら、風邪を引くのに。


瞬きを繰り返し何かを探すように辺りを見回す。


…探しているのが僕じゃなければいいけれど。


「…おい」


あ。やめたほうが…


前にいる陽向が声をかけ、その人の肩を揺すろうとしたのを僕は止めようとした




ビクッ!!

瞬間、近付いた陽向の手にその人の身体は跳ね上がるように反応した。


…あぁ、やっぱり。


「…っこな、いで」


細く小さすぎる声がその人の口から発せられる。

自分の両腕を抱え込みガタガタと震え出す。

まるで僕らから逃げるように。
避けるように。


陽向はそれをみて、肩に伸ばしかけていた手をゆっくりと引いた。


…まだ、治ってない。

「あの日」から何かに怯えるようになったその人は一定の人以外、触れられるのを拒むようになった。


沈黙がしばらく続き、それに耐えられなくなった誠司がポツリと呟いた。


「猫…」

あぁ、なるほどね。だからか…

なんて独り言を言っている誠司。


バレたかな…。


「えっと、この子、怯えてる?」

「見りゃ分かんだろ」

「なんなんだ…?」


見てわかることを龍は言い、それにツッコむ要だけど、まだ理解しきれていない陽向は顔に分かりやすく出ている。


何も知らずに、ここで理解できる方が凄いけれど。

誠司はそれを黙ってみている。
面倒事には巻き込まれないように遠目で見るのは誠司の得意な手だ。


僕とこの人との間になにかしらの関係があるとは気付いていないみたいだ。

気付かないのが普通なんだけどね?
だって何も言ってないから。


さっきからずっと視線を感じるけれど、これは知らないふりをしたほうがいいのだろうか。


どうしていいのか分からず、表情に出ないよう考えていると、どこからか小さく僕の名前が呼ばれた。


「…ち、さと」



今のは、聞き間違いだろうか…
いや、確かに僕の名前を呼んたよね。

うん。だって分かるよ。

皆の視線が僕に向くから。


こうなったらもう、沈黙は諦めるしかないか…

そう思ったら心に引っかかっていた重りがスッと取れていった。

これで、この人たちに隠し事をしなくても済むんだと罪悪感が薄れていった。


今までの疲れと気遣いにはぁ…と溜息をつく。


「…夢、またこんなところで寝てたの?」


普通に…普通に。


夢には気遣いや、変わった態度に敏感だから。

いつも通りに。
「あの日」から変わらない態度で優しく。



「…ん。この人たち…だれ?」


両手を伸ばしながらその人は聞く。

伸びてきた指先は微かに震えていて、僕はそれを隠すように優しく抱えて言った。


「僕の仲間だよ」


顔を肩に埋めた夢の頭をなでながら、小さい子供を扱うように守るように優しい口調で言う。


「なか、ま…?」

「そう、仲間。だから大丈夫」

「…」

「大丈夫」

そっか…と言って黙り込む。




「ヒロのところに行きたい…」


突然そう言って僕に抱き着く力を強めた。


「…」


少しの間黙り込むと、陽向達に向き直って口を開いた。


「すみません…
少し理事長のところに行ってきます。

陽向達は先に倉庫に戻っていて下さい。

あと、少し遅れるかもしれませんのでよろしくお願いします」


そう言って、抱えたまま出て行く。


空き教室からは話し声が聞こえた。
けれど、僕は知らないふりをして歩く速さを早めた。


「千聖、あの人達は誰?本当に仲間なの?」

肩に埋めていた顔を上げて僕に聞く。

「そうだよ。大丈夫。いい人達だから」

「千聖がそう言うなら、そうだよね」

学校にいるときは僕か理事長しか夢のことを知らない。

もちろん、夢は僕達のことを信じ切っている。

「…もうすぐヒロさんのところだよ」

「ん…」