「おりんだけでも、置いて行ってくれない?」

「おい。俺はいらねぇのかよ」

「おりんがいればいいわ」

 いつものやり取りをし、張りつめていた空気が和む。
 ふ、と笑うと、貫七はお紺の手から、おりんを取った。

「残念ながら、おりんは俺のだ」

 そう言って、おりんを自分の肩に乗せ、くしゃくしゃとお紺の頭を撫でる。

「元気でな、お紺ちゃん」

 また少し、お紺の顔が歪んだ。
 が、何か言う前に背後の襖が開き、政吉たちが出てくる。
 やっと支度が出来たようだ。

「そんじゃな。男にゃ注意しろよ!」

「あ、あんたに言われたくないわ!」

「馬鹿。俺だから言うんだよ」

 ははは、と笑いながら、貫七は二人を伴って通りに出た。

「貫七さん! また帰ってくる?」

 貫七の背に、お紺の声が刺さる。
 ちら、と振り向くと、お紺が店から走り出ていた。
 真剣な表情。

「気が向いたらな!」

 軽く言って大きく手を振り、貫七はそのまま、住み慣れた茶屋を後にした。

『ったく、ほんと、貫七はお紺に甘いんだから』

 貫七の肩で、おりんがぼやく。

『あそこでおいらが邪魔しなかったら、お紺、お前に縋ってたかもね』

 ふふ、と笑い、貫七は空を見上げた。
 星が消えていく。
 今日も晴れそうだ。

「色男は辛ぇなぁ」

 ぬけぬけと言う貫七に、おりんが軽く猫パンチをお見舞いした。