「しっかし、店でもいっつもそんな完璧に化粧してちゃ、不審に思う奴もいるんじゃねぇのかな」

 女ったらしの貫七が見破れなかっただけあり、造形自体もどちらかというと中性的だ。
 だからそれに仕草などを加味すれば、女装もそう難しくはないだろう。

 だが完璧に男だと気付かれないようにするには、いくら顔が若干女寄りでも無理がある。
 年齢に伴って骨格も変わるし、何より髭が生える。
 剃り跡を隠すために、お嬢さんの化粧は結構な厚化粧になっていたのだ。

「朝っぱらからそんな厚化粧ってな。いつ見ても化粧が落ちてないってのは、不思議に思うもんだと思うが」

「そこは旦那様が睨みをきかせて、奉公人らは口を出せない空気を作ってたんで」

 政吉が小声で言う。
 そんなことするから、後々ややこしくなるんじゃねぇか、と貫七はがしがしと頭を掻いた。

 その時、手前の襖が静かに開いた。
 寝間着姿のお紺が顔を出す。
 気付いた政吉が、部屋から出て、お紺に駆け寄った。

「お紺さん。長々お世話になりました。お礼の品もありませんで、誠に申し訳ないことですが、事が成って無事国に帰ることが出来ました折には、何かお礼の品などお届けしたいと思います」

 大店の手代らしく、慇懃に礼を言い、深々と頭を下げる。
 一応の礼は、昨夜のうちにお嬢さんとしていたが、もう一度挨拶すると、お紺も軽く頭を下げた。

 では支度がありますので、と言い、政吉が部屋に引っ込んでから、貫七はちらりとお紺を見た。
 お由はまだ寝ているのか、姿はない。
 気まずい沈黙が、廊下を満たす。