「さて。じゃあ旅の支度でもすっかな。つっても、大した荷物もねぇしな」

 そんなおりんの心も知らず、貫七はおりんを下ろすと、きょろ、と部屋の中を見回した。
 元々風来坊だ。
 ここにだって、ふらりとやって来ただけ。
 荷物などない。

 おりんが隅の文箱から、小さい袋を持ってきた。

「そだな。これだけは忘れないようにしねぇと」

 手の平に収まるほどの小さな袋を、貫七は大事そうに受け取った。
 中には行者がくれたお札が数枚入っている。
 緊急連絡用だそうだ。

 この十年、使ったことはないので、真偽のほどはわからないが、昔の陰陽師が遣った式神のようなものらしい。
 これだけ持って、ここに来た。

『ところで貫七。お紺、どうすんだい』

「どうって……」

 困ったように、貫七が階段に目をやる。
 女に関しては、とことん軽い貫七にしては珍しい反応だ。

『貫七さぁ。お紺を、どう思ってるんだい』

「どうって……」

 同じ言葉を吐き、貫七の視線がおりんに落ちる。
 今までの旅で、宿を借りるために女子を虜にしてきたが、せいぜい一晩だ。

 場所といい店といい、情報収集に丁度良かったためとはいえ、こうも長く一所(ひとところ)に留まったことはない。
 しかも、お紺に手を出すこともないのだ。