「どうしたってんだ、お紺ちゃん」

 二階の部屋に腰を下ろしてから、貫七は呆けたように呟いた。

『お紺に怒鳴られるのなんて、いつものこったろ』

 肩の上に乗っていたおりんが、畳に降りながら言う。

「鈍いな、おりん。いつもとは全然違うぜ」

『鈍いのは貫七だよ。女慣れしてるわりにゃ、心の中までは見えてないってこった』

「ど、どういうこったい」

 座布団の上に丸まって言うおりんに、貫七が、ずいっと身体を寄せた。
 猫だから仕方ないが、経験もないおりんには言われたくない。

「俺ぁお前さんよりも、経験豊富だぜ」

『身体の関係だけだろ。ま、貫七はそれでいいよ。宿にありつくために、女を誑し込めばいいんだし。それだけなら情なんて余計なものだ』

 どこか棘がある。
 貫七はしばしじっとおりんを見てから、そろ、と抱き上げた。

「……お前もちょっと変だな。何だよ、やっと探し求めたものが見つかるかもってのに」

 顔の前に抱え上げられたまま、おりんも貫七をじっと見た。
 十年で、貫七はすっかり大人になった。
 おりんの外見的要素も加わったため、容貌も随分変わったが、面影が全くなくなったわけではない。

『貫七……。おいらが戻ったら、貫七はどんな姿になるんだろうね』