「何だよ、いきなり京に行くって」

 夕餉の席で、貫七の話を聞いたお紺が驚いたように言う。
 さすがにお紺に、娘の秘密をべらべら喋るわけにもいかず、店乗っ取り云々だけを、さらっと教えたのだが、それだけでは貫七がわざわざ出張る理由にはならない。

 何より貫七は、この茶屋の用心棒なのだ。
 ……例え大して働かない用心棒であっても。

「困ってる娘さんを、放っちゃおけねぇだろ」

 へら、と笑う。
 が、途端にお紺から、しゃもじが飛んできた。
 ばしんと米粒を撒き散らして、貫七の額を打つ。

「何だよ! どうせあのお嬢さんの色香に迷ったんだろ! やっぱり貫七さんなんて、女ったらしの糞野郎だ!!」

 今までも散々似たようなことは言われてきたが、ここまで悪態をつかれたことはない。
 驚いて、貫七はぱちくりとお紺を見た。
 おりんが、貫七の顔に飛んだ米粒を舐める。

「お、お紺ちゃん……」

「触んないでよっ! 貫七さんなんて、どこへでも行っちまえ!」

 伸ばした貫七の手を、ばし、と打ち落とし、お紺は叫ぶと、ぷいっと顔を背けた。
 何だか今までとは様子が違う。
 これ以上軽口を叩くと、取り返しのつかないことになりそうだ、と、貫七はちらりとお由を見た。

 お由も珍しく、ちょっと困ったような顔でお紺を見、貫七に視線を戻すと、つい、と顎で階段を示した。
 とりあえず、席を外したほうがいいようだ。

 そろそろと、貫七は腰を上げ、またちらりとお紺を見てから部屋を出た。