「ま、おりんのためにも、しばしここにいることは致し方なし、とも思うがの。別にわしはおらんでもいいわけじゃし。勝手知ったる昔の家じゃ。わしもそろそろ烏や木端の面倒を見てやらにゃ」

 元々ずっと一緒にいるわけにはいかなかったのだ。
 貫七たちがそれなりの歳になれば、町に帰すつもりだった。
 丁度いい機会だ。

「ではおりん。無事に身体も戻ったことだし、あとのことは貫七に頼ればよかろう。思えばいきなり町に放り出されるわけではないから、この十年も無駄ではなかったな」

「……元々そういうこともあって、俺を外に出したのか?」

「ま、いずれは人の世界に帰そうと思っておったがな。十年前は、とにかくお前はおりんのために必死じゃったし。出るには良い機会じゃったな。お前も小さいわりには、躊躇いはなかったし。今回も折良く家が潰れたんじゃ。嫌でも出ないといかんじゃろ」

 かっかっか、と笑い、太郎坊は奥の押し入れから長持ちを引っ張り出した。

「ここに着物が何枚か入っておる。あとは特に、何もいらぬであろ」

 長持ちの中には、男物の着物と合わせて、女物の着物も用意してあった。

「では達者でな。なかなか人としての暮らしも面白いものよの。上の暮らしに飽きたら、また降りてくるやもしれぬ」

 そう言って太郎坊は、外に出ると、ざ、っと一回転した。
 たちまちその姿は正式な山伏姿に。

 それだけならまだ何らおかしいところはないが、顔は赤く、鼻がにょっと突き出ている。
 そして手に持った大きな葉を、ばさ、と振ると、一瞬でその姿は空の上へと舞い上がる。