『貫七は、がっつり女と一緒にいたことがないからだと思う。すでに’女’になっちまってる人しか知らねぇから、過程を知らねぇんだ』

「なるほど。わからんもんかね、そんなこと。ふふ、青いな」

 含み笑いを漏らしつつ、小薄は水の中のおりんを見た。
 長い髪が、ゆらゆらと藻のように揺れている。

「ん~。残念ながら、髪が邪魔で引き揚げぬとよく見えぬな。しかし、わしまで濡れてしまっては、おりんに着せる着物がないし」

 木の葉を連れてくれば良かったか、と言いつつ、小薄は閉じた扇を、軽く水面につけた。
 それを、思い切り引き揚げる。

 まるで釣りの要領だ。
 もっとも糸も釣り針もついていないが、水の中のおりんは、何かに引っ張られるように、扇の軌道を追って、ざば、と宙に浮いた。

『……』

 十年ぶりに見る己の姿を、おりんはじっと見上げた。
 ぽたぽたと落ちる水滴に混じって、赤い血が足を伝う。

「よし。戻すぞ」

 おりんの身体を宙に浮かせたままで、小薄は扇をくるりと回した。
 小さな結界が、小薄を中心に猫のおりんと、おりんの身体を包む。

 不意に---。

「すまん!」

 小薄の声がした、と思った瞬間、おりんの後頭部に激痛が走った。
 小薄が扇で、ばこんと力任せにおりんをぶったのだ。

 小さな猫のおりんが吹っ飛ぶ勢いで殴られ、おりんは目から火花を散らして昏倒した。