夕暮れ、店の裏手にある小さな畑を一通り手入れし、夕餉の分を摘み取った貫七は、ふと顔を上げた。
 真っ赤な夕日が、今しも姿を消そうとしている。

---やれやれ。いつになったら、あいつを元の身体に戻してやれるんだか---

 ぼんやりと夕日を眺めていると、昔のことが思い出される。
 ちらりと視線を転ずれば、茶屋から立ち上る夕餉の煙が目に入る。
 茶屋の奥座敷で、のんびり丸まっているおりんを思い、貫七はため息をついた。

 おりんは元々、猫などではないのだ。
 その昔、まだ貫七が小さい頃から一緒にいた、無二の親友である。
 『りん』という、貫七より二つ下の友達だった。

 二人とも親はなかったが、とある行者に引き取られ、修行しながら育っていた。
 その修行途中で、りんは命を落としたのだ。

 いや、正確には死んだわけではない。
 身体から抜け出た魂を、行者が咄嗟に、猫に封じ込めた。
 だから、人としては死んでいるが、猫として生きているのだ。

『りんを蘇らせたくば、もっと力のある術者に頼るしかない。それも、いつまでもかかっていられまいぞ。りんは今、猫の状態じゃ。この猫の寿命がくれば、りんは今度こそ死んでしまおう』