また雨だ…。


雨の日は嫌い。


大嫌い。


思い出したくない過去が次々と蘇ってくる。


どうして、早く忘れたいのに。



体に拒絶反応が起きて立っていられなくなる。


苦しい。



息ができない。



このまま消えちゃうよ…。



誰か……。



「おい、あんた!」



誰かが私の腕を引っ張った。



電車のホームで膝をついて胸を両手で抑えながら小さくなっていた私を。



「何してんだよ」



少し慌てた男の人。



男…。



「すっすいません!」



すぐに掴まれていた腕を振り払った。



「ほんとすみません!」



頭を下げて立ち上がりすぐにその場から逃げた。



走って階段を駆け上がる。


はぁはぁ…。



息苦しい。



あの時みたい。



必死に逃げて…逃げて逃げて…。



「待てよっ!」



捕まった。


「いやっ!!」



あの時みたいに。



「大丈夫かよあんた」



誰この人。



なんで追ってくるの?



「すいません本当に」


さっき私の腕を掴んだ男の人がまた私の腕を掴んでる。



逃げたはずなのに…。



いや…来ないで。



「別に謝って欲しいわけじゃない」


離して。



「あの、もういいですか」



必死に冷静な私を保ってる。



「あんたどっか悪いんじゃねーの?」



「大丈夫です…」



怖い…。


誰この人。



なんで私に突っかかってくるの…。



「ちょっとこっち来いよ」



「えっちょっ…」



男の人に腕を引っ張られて振り払うことも出来ず前に進んでいく。



なんなのこの人。



びっくりしてる。


またなんかされるのかな。


もう逃げられないのかな。


「ここ座ってろよ」



「えっ…?」


私は男の人にベンチに座らされた。


そしてその人は私に背中を向けて前に進んでいった。



さっきまでの怖さが飛んだ。


ここは階段の途中にある横道。


なんでここ?


なんで今私座ってるんだろう。


なにが起こっているのかまったく理解出来ない。


「ほらよ」


戻ってきた彼が私に差し出したものは


「お水…」


この人、優しい…?


あの人とは違うの…?


「あ…りがとう」


私はそっと水を受け取った。


「あのなんでこんなことしてくれるんですか?」


「あたりまえだろ?困ってる人と苦しそうな人がいたら助けるのは」


へ?


私は苦しそうにしてたのかな?


そうだ、苦しかったんだ。

雨だから。


「その制服、光那森学園だよな」


「あ、はい…」


知ってるんだ…。


この人はどこの学校だろう。


「俺隣の県工」


県工…。


光那森学園のすぐ隣の男子校だ…。


制服も知らなかった。


ちゃんと着こなしてる人の方が少ないし。


この人もかなり着崩してるけど…。


「落ち着いたか?」


「あっはい…すいませんでした」


「別にいいけどよ、いつもこんな時間に登校してるわけ?」


「え?…まぁ…」


「光那森にもこんな不良娘いるんだな」


そう言って彼は笑った。


「あの…お名前は?」


「東国 月季」


とうごく つき。


「お前は?」


「華柏 心葉里」

はなかせ みより。


「心葉里な、おっけい」


いっいきなり呼び捨て…。


「じゃあそろそろ行こうぜ、学校」


「はい…」


東国君は何も聞かないんだ。


そりゃそうだよね。


さっき初めて会ったばかりだしね。


聞かないでくれるのは助かるし。


自分の弱い部分なんて誰にも見せたくないし…みんなも知らない。


東国君と一緒に電車にのった。


「今から行ったらすぐ昼だな」


そんな時間なんだ。


「なぁ知ってるか?県工と光那森の敷地にひとつだけ共有してる場所があってそこに食いもん屋あるんだぜ」


「そーなの?知らない」


「だろ?一部の奴らは知ってるけどまだ広まってねーんだ」


へんなの…。


「学校ついたらそこで飯くおうぜ」


「あ、うん」


くいもん屋ってカフェ?定食屋?


隣に座ってる東国君は楽しそうに鼻歌うたってる。


ピアスやっぱりあいてるんだ。


県工って工業高校で、男子しかいなくてヤンキー高って呼ばれてるとかって言ってた気がする。


その時の話全然聞いてなくて本当かはわからないけど…。


東国君はヤンキーでも優しいヤンキーだから怖くない。


最初は怖がってしまってかなり失礼なことしちゃったけど…。


駅について降りる。


ホームを出るのには少し時間がかかる。


だって今日は雨だから…。


「あっでも小ぶりになってきたかな」


「そーだな」


東国君が空を見上げる。


「傘ある?」


「あるけど入れて」


私を見てにっこり笑う。


「う、うん」


こうゆうことさらっというんだ。


すごいな。


私は傘を開いて東国君を傘の中に入れようとした。


「あ、ごめんね」


東国君が大きくて頭に傘がコツんとぶつかった。


「んにゃ、大丈夫、俺持つよ」


そう言って傘を持つ。


「ありがとう」


相合傘初めてする。


一人で緊張してるよ。


東国君はこうゆうの慣れてるのかな。


学校までの道は途中から人通りの少ない所に入る。


私はそこを通るのが怖くて仕方がない。


学校の帰りが遅くなった時は本当に地獄だと思う。


駅から学校までは歩いて約15分。


雨、やんだな。


「じゃあ校舎の裏に来てな」


校門についていったん別れる。


学校の中には入らず校舎の裏にそのまま直行した。


「心葉里こっち」


東国君の声で彼を見つける。


「裏に来たのも初めてなんだ」


「マジで?俺ら結構溜まってる」


苦笑いしながら言った。


「おいで」


学校と学校は大きなフェンスでわけられているけど裏の森の中まではないため、隣に行こうとすれば簡単に行けるのだ。


私も今日初めて知ったけど…。


でも、この学校で校舎の裏に行く人なんていないと思うけどな…。


でも飲食店には行ってるのかな?


県工の敷地に入って東国君の後ろについて森の中を進んでいく。


中立地点にあるわけではないんだ。


「ついた、ここ」


東国君が止まり横から顔を出して前を見る。


え、…ここ?


「ここってもう敷地出てない?」


学校のフェンスの前にお店があった。


フェンスはお店の入口の部分にぴったり合うようにドアになっていた。


「あはは、バレた?」


東国君は意地悪く笑う。


騙したんだ。


「なんで変な嘘ついたの?」


普通に言えばよかったのに。


「ここ俺のダチの家なんだけど、俺達いつもここで飯食ってて心葉里誘いたいって思ったんだ」


東国君は苦笑いする。


「でも男苦手そうだし、ホントの事言ったらこないと思ってさ、悪かった」


そんなことないよ。


東国君がいい人なのに、その東国君の友達が悪い人の筈ないもん。


「大丈夫だよ、東国君の友達だもん」


「ありがと」


東国君が嬉しそうに笑うから私までつられて笑っちゃう。


今日初めて会ったのに東国君は凄く暖かくて優しくて一緒にいてこんなに安心出来るなんて思わなかった。


胸がポカポカする。


あの人とはまるで違う。


本当に同じ人間なのかと疑ってしまうくらいに。


「ここ、俺達専用の入口なんだ」


東国君はちょっと自慢げに話す。


裏口みたいなものかな。


「入ろーぜ」


「あっうん」


東国君はドアを開けて


「どーぞ」


優しく笑って中に入れてくれた。


「おーおせーよ……んえっ?!」


中にいた東国君の友達が私をみてビックリしている。


そーだよね、当たり前の反応。


全然知らない女の子を友達が自分たちの溜まり場に連れてくるんだもんね。


なんか…私、帰った方がいんじゃないかな…。


「心葉里ちゃんだよね?!」


…え?


「お前なんで心葉里の事知ってんの?」

そっそうですよ!


私あなたのこと知らないです。


少し動揺してる私をよそに話が進む。


「前話したろ!光那森学園にめっちゃ可愛い子がいるって!それが心葉里ちゃんなんだよ!俺頑張って心葉里ちゃんの名前聞き出したんだぜ」


ええ?!


私が可愛い?!


しかもめっちゃ?!


ないないない…。


なにを言ってるんだこの人は。


「お前ストーカーみてぇだな」


東国君はちょっと呆れ気味に言った。


「うるせーよ!ででで!なんで心葉里ちゃんがお前と一緒にいるんだよ」


お友達は興味深々になって聞く。


「なんでもいいだろ、心葉里ここ」


東国君は手招きして私を呼んだ。


「はいっ」


奥に入るのは少し緊張する。


でもこのお店の雰囲気は凄く好きだな。


落ち着く場所。


東国君の隣に座るとお友達が私に近づいてきた。


ちょっと手が震える。


「お前そこでストップ」


東国君が友達の足を止めた。


もしかして、私が怖がってるの気づいてくれたのかな。


「ちぇー、あー俺ね!美芳猛!よろしくね心葉里ちゃん」


自己紹介をしてニッコリ笑った。


可愛い感じの人だな。


「えっあ、心葉里です!よろしくお願いします」


苦笑いで返す。


「雰囲気も最高!」

美芳君は両手を顔に当てて表情を隠す。


そして面白い人だな。


「翔吾とかは?」


「お前と一緒、寝坊だよ」

「あーそう」


東国君のお友達はあと何人くらいいるんだろう。


『ガラガラ』

表の入口が開いた。