「あいつ……!」
 だが、そのジャンヌの横で、ジャンは不機嫌そうにそう言い、顔をしかめた。
「ジャン?」
 それに気付いたジャンヌが声をかけると、彼は後ろを振り返ってピエールを睨みつけながらこう言った。
「あいつ、お前に色目を使ってたぞ。絶対、信用するな!」
「今、ここに入れてくれた人のことを、そんな風に言うもんじゃないわ」
「それが、あいつの仕事なんだよ! それに、あいつはお前のことを狙ってるんだ!」
「そんな、兄さんったら、考え過ぎよ」
「考え過ぎなもんか!」
 そう言うじゃんの声は、怒りのせいか、少し大きくなっていた。
 それに自分で気付き、思わず手で口を押さえたが、それでも彼は喋るのを止めようとはしなかった。
「いいか? あいつにどんな甘いことを言われても、絶対について行くんじゃないぞ!」
「分かったわよ」
 うんざりした表情でジャンヌはそう言うと、馬を連れて街の中心にスタスタ歩いて行った。
「本当に分かってるのか?」
 それを慌てて追いかけながら、ブスッとした表情でジャンがそう言うと、ジャンヌは溜息をついた。
「しつこいわね、兄さん! 分かってるわよ! でも、大体、私はあのお告げを成就させるまでは、誰とも結婚する気なんて、無いのに!」
 その彼女の言葉にジャンは目を丸くし、しばらくその場で茫然となった。
 が、やがて彼女一人で知らない街を歩いていることに気付くと、慌ててその後を追って行った。
「おい! 今の、本気か?」
「本気よ。お告げを受けた時から、その覚悟は出来てるわ!」
「本当に一生、独身を貫くつもりか?」
「一生までとは言わないけど……」
 そう言うジャンヌの表情には、戸惑いが浮かんでいた。
 やはり、彼女とて、年頃の少女。結婚や恋愛に対する憧れもあるのだろう。
「もし、この戦いが終わっても、生きていたら、その時は、出来れば……」
 そう言い、空を見上げる彼女の頬は、少し赤くなっていた。
 そして、その空には、シモーヌとバートの仲睦まじい幻が浮かんでいた。彼女だけにだけ見える、幻だったが。
「……俺が守る」
 その時、ジャンがそう言った。
「それまで俺がずっと傍にいて、お前を守ってやる。だから、あんな哀しいことは、二度と言うな! 父さんや母さんへの手紙にも書くなよ!」
「分かったわ」
 ジャンヌはそう言うと、微笑んだ。